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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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目覚め

  

 ずん、と身体が重くなる。瞼の裏が明るく感じられ、アイリスは朝に目覚めるように、瞳を開けた。


「……ん……」


 視界を埋め尽くしたのは見慣れた白い天井で、ここが医務室だと気付く。

 少しずつ覚醒していく頭で、アイリスはふと思い出す。


 ……何か、とても大事なことを……夢で、見た気がする……。


 しかし、靄がかかったようにあと一歩のところで答えが出ない、そんな奇妙な心地がした。


 ……そういえば、どうして私は医務室にいるのかしら……。


 そんなことを思いつつ、アイリスは手足に力を籠めてみる。指先はしっかりと動くし、力も入るため、身体に違和感などはなかった。


 周囲から人の声が多く聞こえるので、ここは医務室の個室ではなく、大人数に対処するための大部屋なのだろう。


 ……私の他にも、たくさんの団員がいる……。


 自分と同じように目覚めた団員を他の団員が見舞いに来ている声が聞こえてくる。

 それはどれも、再会を喜び合う声ばかりだった。


 ……ああ、そうだったわ……。


 冴えてきた思考の中で、自分が「眠り」についた理由が思い浮かんでくる。

 確か、自分は混沌を望む者(ハオスペランサ)の魔法を受けたはずだ。

 そこで、アイリスは最も大事なことを思い出した。


「ク、ロイド……」

 

 そうだ、あの時、自分はクロイドを庇った。ならば、クロイドはどうしているのだろう。

 彼は無事なのか、それだけを確認したかった。


「っ、ん……ぐ……」


 腕に力を入れて、アイリスは起き上がる。どのくらいの時間、寝ていたのだろうか。

 とにかく、クロイドの無事とハオスの件を確認して、それから──。


 

 ──ぼとっ……。



 すぐ傍で、何かが落ちる音がして、アイリスは視線を上げる。


「……ぁ」


 いつの間にか、目の前にいた人物は瞳を大きく開いて、アイリスを見ていた。

 彼の足元にはアイリスのために持ってきてくれたのか、着替え用の服が落ちている。


 だが、拾うことさえ忘れたように、おぼつかない足取りで彼は──クロイドは驚愕した表情のまま、アイリスへと近付いた。


「ク……」


 名前を呼ぼうとしたその時だった。アイリスとクロイドの距離は一瞬で消え去り、気付いた時には彼によって抱きしめられていた。


 クロイドはベッドに片足を乗り上げる形で、起き上がったアイリスを両腕で包み込んでいた。


「……アイリス……っ」


 絞り出すように名前を呼ばれる。

 その声色には悲痛さとそして、心からの喜びが混じっていた。

 

 クロイドの腕の中で、アイリスは自分が彼に対しておこなったことを思い出した。

 ハオスの魔法が発動される直前、何故か「良くない」予感がしたアイリスはクロイドを庇うようにして守った。

 その後のことは分からないが、ハオスの魔法によって自分は意識を失ったのだろう。


 震えながら、ひたすらアイリスを離さないと言わんばかりに抱きしめ続けるクロイドの背中に、そっと手を回す。


 ……私はこの人を置いていこうとしていたのね。


 彼を助けるために判断したあの一瞬の出来事をアイリスは後悔していない。けれど、彼に辛い思いさせてしまったことだけは、胸の奥が痛んだ。


「クロイド……」


 一緒に生きると、約束をしたのに。

 破ろうとしていたのは、自分だった。


 もし、目覚めなければ、彼から伝わってくる温度を感じることは二度となかったのだろう。

 久しぶりに感じた優しい温度は、生きている証のように思えた。


 やがて、クロイドの腕がゆっくりと解かれていく。

 自分の姿が映る黒い瞳は濡れていて、そして彼は穏やかに、泣き笑いのように微笑んだ。


「……おはよう、アイリス」


 クロイドの目元に浮かぶ雫が弾けていく。


 不安に満ちた長い夜を越え、やっと昇ってきた朝日を眺めて安堵しているような、そんな笑みをクロイドはアイリスへと向けてくる。

 それだけで、彼が自分の目覚めをずっと待っていたのだと知った。


「でも、あんな思いは二度とごめんだからな」


 クロイドはそう言って、アイリスの額に、彼の額を重ねてくる。


 アイリスの目覚めを待つ間、彼はどんな思いで待っていてくれたのだろう。

 逆の立場だったならば、アイリスはクロイドを目覚めさせるために尽力しただろう。


 それでも、自分の力が及ばない現状を認めてしまったならば、苦しさに耐えられず狂っていたかもしれない。

 そのくらい、自分はクロイドを想っていると自覚している。


「……クロイド。待っていてくれて、ありがとう」


 けれど、決して「二度とあんな真似はしない」と約束することは出来なかった。クロイドを失うくらいならば自分は何度だって、あの選択を選ぶと分かっているからだ。


 そんなアイリスの薄暗くも強固な考えをクロイドは気付いているのだろう。少しだけ悲しそうに、けれど全てを包み込むように黙って頷き返した。


 クロイドは話題を変えるように、アイリスの体調について訊ねてくる。


「……起きたばかりだが、具合はどうだ? 痛みなどはないか?」


「特に何もないわ。……あ、でもお腹は少し減っているかも」


「意識はないとは言え、身体は丸一日、何も食べていない状態だったからな。……いきなり、固形物を摂取するのは身体に良くないと思うから、具材が少ないスープを……」


 そこでクロイドは言葉を止めて、振り返る。アイリスも彼の視線を追うように、クロイドの後ろを見た。


 医務室に入ってきたのは、ブレアだった。

 ブレアはアイリスの姿を見ると、深い息を吐いた。


「……良かった。目覚めたんだな、アイリス」


「ブレアさん……」


「他の団員達も全員、目を覚ましたようで何よりだ」


 ブレアの表情には安堵が浮かんでいたが、その一方で痛みを胸の底に隠しているような、複雑さがわずかに滲んでいた。


「アイリス、体調に問題はないか?」


「はい」


「……そうか。起き抜けで悪いが一緒に来てくれないか。もちろん、クロイドと一緒に」


 ブレアがかけている眼鏡の向こう側にある双眸は、凪のようだった。


「先生が……イリシオス総帥が、お前達を呼んでいる」


「イリシオス総帥が……?」


 アイリスは小さく首を傾げる。


 クロイドの方をふと見ると、先程までとは違って、心苦しそうな表情を浮かべていた。恐らく、彼はイリシオスが自分達を呼んでいる理由を察しているのだろう。


 だからだろうか、アイリスは何故か嫌な予感がした。


「……すぐに行きます」


 クロイドに支えてもらいながら、アイリスは立ち上がり、脱がされていた靴を履く。

 せっかく、クロイドに着替えを持ってきてもらっておいて悪いが、後回しにさせてもらおう。落ちていた服を拾い、アイリスはベッドの上へと置いた。


「こっちだ。付いて来てくれ」


 アイリスの身体に負担をかけないように配慮した足取りで、ブレアはどこかに向かって歩き出した。


  

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