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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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安堵

  

「──っ!」


 はっと目が覚めて、意識が現実へと戻ってきたことを確認する。

 身体が重い気がして、アイリスが身をよじるとすぐ傍で知っている声がした。


「あ……アイリス!?」


 身体を横にしているアイリスの顔をミレットが覗き込んできたが、その瞳には涙が溢れている。

何故、そんな顔をしているのか訊ねようにも、すぐには声が出なかった。


「ちょ、ちょっと、待って……。ぶ、ブレアさーん! クロイド! アイリスが……!」


 どうするべきかと慌てた様子のミレットは身を翻すようにアイリスの傍から勢いよく離れて、仕切られているカーテンを思い切り捲り上げて、走っていく。

 どこかで誰かがミレットの名前を呼んで、廊下は走るなと叱る声がした。


「……」


 身体のどこかが痛いというわけではない。

 ただ何か、忘れてはいけないことを忘れた気がしてならなかった。


 出来るだけゆっくりと身体を起こして周囲を見渡せば、白で統一された場所にいた。白い壁にカーテンとベッド。何となく見覚えがあるこの場所は、どうやら医務室のようだ。


 その時、布団の上に置いていた手に冷たいものが落ちる。


「え……?」


 そのままそっと目元に指先を当てると、雫の塊がいくつも指を伝って流れてきた。自分は泣いているのか。

 だが、泣いている意味が分からなかった。


 誰かが自分と話していた、そんな夢を見ていたはずなのにどうしても夢の内容が思い出せなかった。



 やがて、慌てるような足音が医務室へと入って来たため、アイリスはすぐに目元を手の甲で拭った。そして、瞬きをする一瞬のうちにカーテンが勢いよく開かれた。


「アイリス……!」


 泣きそうな程に歪んだクロイドの表情が、アイリスの顔を瞳に映した瞬間に、更に歪んだ。彼は泣いているのか。

 近付いて来たクロイドはそのまま、顔をアイリスの左肩へと押し付け、強い力で抱きしめる。


「良かった……」


 その一言だけで彼がどれ程、自分のことを心配してくれていたのかが分かった。

 アイリスは何も言わずにそっと自分の腕をクロイドの背中へと回す。彼の身体は震えており、アイリスは更に、腕に力を込めた。


「本当に……無事で良かった」


「……ごめんね、心配かけて」


 今はこれだけしか言えない。

 それ以上の言葉は出なかった。


 一瞬、脳裏に誰かの笑顔が浮かんだ。優しく微笑みながら、安心したように胸を撫でおろす姿。

 あれは、一体誰だったのだろう。



「……えー、こほんっ!」


 クロイドの真後ろで知っている声によるわざとらしい咳払いが聞こえ、二人は慌てて、抱きしめていた腕を解く。


「無事の再会を喜びあっているところ申し訳ないが、入るぞ?」


 咳払いをしたブレアが一言告げてから、カーテンの中へと入って来る。

 その後ろにはクロイド達を呼びに行ってくれていたミレットも付いてきていた。まだ、涙が渇いていないらしく、目は赤いままだ。


「あー……。良かった……。何ともなさそうでぇ……」


 涙を溜めながらミレットは布団を被せたアイリスの足の上へと身体を半分投げ出してくる。


「しかも、自分の腹を万年筆で刺すってどういう神経してんのよー……。心配したこっちの身にもなりなさいよぉー」


「あー……。そうだったわ」


 自分が連れ去れる前に万年筆を使って、自我を保とうと腹に刺したため、その時の痛みが倒れる直前に蘇ってきたことを思い出す。

 腹部には治療が施されているのか、包帯が巻かれている感覚がそこにはあった。


「ミレットはこう言っているが、半泣き状態でずっとお前の傍から離れなかったんだぞ」


「ちょ、ブレアさんっ!」


 ブレアは苦笑いしているが、その表情にも少しばかり疲れが見える。やはり、自分が知らない間にたくさんの心配と迷惑をかけてしまったらしい。


「……」


 アイリスは改めて、三人の顔を見渡した。三人共、それぞれの思いを持って自分を心配してくれていた。


 それが嬉しくて、嬉しくて。

 でも、心配かけてしまったことが悲しくて。


「……皆、ありがとう。心配かけて、ごめんなさい。……でも、帰ってこられて嬉しい」


 再び浮かんでくる涙を手の甲で拭いながらアイリスが小さくはにかむ。


「迎えに行くのは当り前だ。帰ってこなくて困るのはこっちだからな」


 クロイドが肩に手をぽんっとのせてくる。その手の温かさに、また涙が出てきそうになった。


「これでしばらくは身の回りは静かになるはずだ。また、アイリスの周りで騒ごうとするなら、今度はこっちから先に手を出させてもらうさ」


 ブレアが真面目な口調で頷く。


「でも、本当にびっくりしたわ。だって、アイリスを連れ出すために選ばれし者(シェルティスト)達ってば、同じ階にいる人間を皆、魔法で眠らせていたのよ? もう、医務室はごった返しだったし、治療の手も足りてなくて大変だったんだから」


「そうだったの……」


 医務室の中には他の個室に先程、戦っていた教団の団員がいるのか少し会話する声だけが聞こえるだけだ。今はほとんどの団員の手当や対応が終わったのだろう。


「あとアイリスが連れ去られた場所があったじゃない? あそこ、学園の敷地内にある雑木林の中だったのよ」


「え、あの立ち入り禁止にされている場所?」


 学園は教団ほどまで広くはないが、それなりの面積がある。

 その中のとある一角の雑木林だけは生徒が立ち入られないように制限されていた。


「魔法の痕跡とか調べて来たんだけれど、あの場所でカインさん達も呼び出されていたみたいね」


「だから、学園内に最初から閉じ込められていたんだな」


 納得したようにクロイドも頷き返す。

 そこに口を挟むようにブレアが会話に入ってきた。


「……その場所にはな、数百年前にエイレーンが身を投げようとした塔があったんだ。今は崩れてなくなってしまったが。あの場所もエイレーンの時代から続く遺産のようなものだ。現在は簡単に壊されないように保護される対象になっていたはずだが、まさか選ばれし者(シェルティスト)達があの教会址を活動の拠点にしていたとはな」


「教会……」


 そうか、あれは教会だったのか。通りで広い空間だと思っていた。

 それならば、自分がいたあの場所は神がいる場所だったのではないだろうか。


「あの、ブレアさん。その……エイレーンが身投げしようとしたって、どういうことなんですか?」


 首を傾げながらクロイドが訊ねると、ミレットも詳しい話を知らなかったのか同調するように何度も頷く。


「ああ、知らないか。アイリスは知っているよな?」


「はい」


「でもまぁ……これは、当事者から聞いた方がいいかもしれないな」


「え?」


 そう言って、ブレアはカーテンの向こう側を振り返った。

    

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