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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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風の助け

  

 思わず、溜息を吐きそうになったのをぐっと押し込め、クロイドは見上げた先にある時計台が示す時刻を見た。


 ……戦闘が開始されてから、まだ一時間半程しか経っていない……。


 クロイドは他の魔法使い達と協力して、「遥かなる導の塔」を囲うように「断悪封じし聖なる透壁ヴィスコンフィナー・サクレ・ムーロ」を形成し続けていた。


 自分達が形成している結界の中では、総帥のイリシオスと悪魔「混沌を望む者(ハオスペランサ)」が交戦している最中だ。


 しかし、魔力を持たないイリシオスがどのようにして、混沌を望む者(ハオスペランサ)と戦うのか、クロイドは聞かされていない。

 ただ、悪魔を討つための手立てはあるとのことだ。


 ……手元にある魔力回復薬も残りが少ない……。


 何度も飲んだことで魔力回復薬の味の不味さには慣れてきた。

 だが、この結界を保ち続けるには消耗する魔力はかなり多いため、魔力回復薬の消費が激しかった。


 いつまで続くか分からない、この消耗戦をひたすら耐えなければならないのは、誰だって辛いはずだ。

 それでも、誰一人として弱音を吐くことなく、結界の形成の維持に努めていた。



 その時だった。


 突如、結界の向こう側──塔の中から、膨大な魔力が一気に湧き上がったのをその身に感じた。


「この、魔力は……」


 ひしひしと感じる強い魔力に、後退ってしまいそうになるのを何とか抑えた。


 その魔力の質は混沌を望む者(ハオスペランサ)のものではないと分かる。

 異様な圧を放っているというのに温かく、そしてどこか神々しくも感じる魔力の質は──何故か、ほんの少しだけ自分の魔力の質と似ているように感じた。


「これはまた……とんでもない魔法を使いますね、総帥も……」


 耳にかけている通信専用の魔具から、ウェルクエントの声が流れてくる。その声色は少し引きつっているようにも聞こえた。


「何の魔法を使っているのか、分かるか?」


 クロイドはウェルクエントへと声をかける。


「いいえ。ただ、恐らく古代魔法の一つでしょう。……僕に分かるのは、この魔法に触れたくはないということだけですね」


「……」


 ウェルクエントの言葉に、クロイドも同意したくなったがあえて何も言わなかった。


 再び、結界の維持に集中しようとしたが、背後から痛みを得た声が響いてくる。


「──あぐっ!」


「ミラっ!! ……アルク、防御を!」


「了解です!」


 それはラクーザ家の子飼いの魔法使い、チーム「(ネーベル)」の者達の声だった。


 魔物との戦闘中に仲間の一人、ミラが怪我をしたようで、クロイドの鼻に血の匂いが掠めていく。

 はっとしたクロイドは、肩越しに振り返った。


 周囲から感じ取れたのは、異質な魔力達。いつの間にか、塔へと迫ってきている魔物が増えていたらしい。


 それまで、意識を全て結界の方に向けていたため、魔物の増援に気付くのに一歩、遅れてしまった。


 ……怪我人が……! それにこの数の魔物をたった三人で、相手にすることが出来るのか……!?


 戦闘が始まった当初は、魔物の数はまばらだったが、今は違う。


 彼らを援護したい衝動に駆られたが、一度でも別の魔法を使ってしまえば、維持している結界の形成が乱れることは分かっていた。


「……見誤ってしまったようです。まさか、これ程の数の魔物を投入してくるとは……」


 通信専用の魔具越しに、ウェルクエントの声が聞こえたが、それはまるで己を責めるような物言いだった。

 常に先を見通すように物事を進める彼だが、混沌を望む者(ハオスペランサ)が予想以上の魔物を教団内に投入したことは計算違いだったのだろう。


 手が離せない以上、どうするべきか──。


 クロイドは背後で魔物と対峙している「(ネーベル)」へと視線を向ける。

 ふと、隊長のセラスと目が合った。ローブのフードの下から見えた瞳が、ぎぃっと細められる。


「──こっちのことは気にするんじゃねぇ!」


「っ……」


 セラスの鋭い言葉に、クロイドは小さく顔を顰めた。


「それに大した怪我じゃない! そうだろ、ミラ!」


「……隊長、耳元でうるさい。……でも、問題はない。それは本当」


 セラスに支えられていたミラは自身に治癒魔法をかけて、立ち上がった。その両足は思っていたよりもしっかりしている。


「まだ、戦える。もう、心配いらない」


「よし、大丈夫そうだな! 行くぞ、ミラ!」


 セラスとミラは再び、魔物へと突っ込んでいく。二人が取りこぼした魔物を片付けているのはアルクだ。


 連携の取れた戦闘を行う彼らの姿を見て、余計な心配だったかもしれないとクロイドは安堵の息を吐いた。



 だが、空気を切り裂く激しい音がその場に響く。

 チーム「(ネーベル)」による魔法ではない。


 まるで雷が落ちたような轟音は、クロイドの真後ろで聞こえた。

 同時に淡い緑色の光が放たれる。


 一体何が起きたのか、確認する前から分かっていた。団員の魔力ではない異質で大きな魔力が感じられ、思わず背中に冷たいものが流れた。


「……っ、転移魔法陣……!」


 恐らく、混沌を望む者(ハオスペランサ)が教団内に仕掛けていた転移魔法陣の一つなのだろう。

 それが発動したということはつまり、魔物が転移してきたことを表していた。


 緑色の魔法陣から、姿を現したのは猪の姿をしている魔物で、その巨体は見上げる程に大きい。

 吐く息はどす黒い色をしており、二つの目は獲物を求めるように光っている。太く長い牙は上を向いており、それを使って獲物を仕留めるのだろうと予想出来た。


 しかし、何よりも今の状況が悪いと察した理由は、クロイドとチーム「(ネーベル)」との間に魔物が出現したことだ。


 しかも「(ネーベル)」は他の魔物と対峙している最中で、咄嗟にクロイドの守備に移ることが出来ずにいた。


 猪の魔物は一番近くにいたクロイドに狙いを定めたのだろう。助走を付けながら、勢いよく走ってくる。


 ……まずいっ……!


 防御魔法を自身にかけることは出来ない。

 何とか自力で避けるしかないと思っていた時だった。


 夏の夜だというのに、何故か柔らかで涼しい風が吹き抜けていった。


「──風牙の狼(ヴァンフィルー)!!」


 爽やかな声がその場に響いたと思えば、どこからか出現した白い狼が猪の魔物へと対峙し、喉元へと噛み付いた。

 白い狼は猪の二倍以上の体躯だが、その姿は薄っすらとぼやけている。


 ……この狼、まさか……。


 白い狼は魔物ではない。自分はこれが魔法使いによって、「風」から作られたものだと知っている。


 瞬間、頭上から風の塊に包まれたものが、()()落ちてきた。


「──いっ……てぇぇっ! おいっ、ユアン! お前、風の操縦、荒れ過ぎだろ! もう少しゆっくりと下ろせよな!」


「仕方ないでしょ、急いでいたんだから! それに防御魔法くらい自分でかけておきなさいよ!」


 まるで犬が吠え合っているような喧嘩はいつもの光景だ。

 それでも、突然現れた二つの影はクロイドを守るように立っている。月明かりによって反射する金色の髪は、眩しく見えた。


「っ……! ユアン先輩、レイク先輩……!」


 たまらず、クロイドは二人の名を呼んだ。

 二つの影は肩越しに振り返る。その表情にはどこか余裕が浮かんでいた。


「お待たせ、クロイド君! 詳しいことは分からないけれど、教団内で起きた事態は大体、把握しているわ!」


「とりあえず、魔物共を倒せばいいんだろ! 任せとけ!」


 軽快なやり取りをするような口調で、二人の先輩はにっと笑う。額には汗が浮かんでおり、出張任務から急いで帰ってきたことが窺えた。


 彼らの笑みがあまりにも頼もしく見えて、クロイドの視界は一瞬だけ揺らぎそうになってしまう。


 同時に、安心して背中を任せられる相手が傍にいることに対する安堵が心の底から湧き上がってきた。

 クロイドは意識を切り替えるように短く息を吐き出し、背中越しに二人へと告げた。


「すみません、ご助力をお願いします!」


 背後から了承する声が聞こえ、クロイドは唇を結び直し、再び結界の維持に集中する。


「──全くっ! 私達の大事な、大事な後輩に手を出そうとするなんて、ただじゃ済まないわ! とことん、切り刻んであげる!」


「切り刻むのは結構だが、後処理もしっかりしろよ、ユアン! お前、そのあたり、いつも俺に任せっきりだろう! 俺は炎系統の魔法よりも水の方が得意だってのに!」


「だってぇ、レイクより私の方が魔法の発動速度が上だもの~。──『風斬り(ヴァン・ラーマ)』!」


 ユアンが唱えた呪文によって発動した魔法が魔物に直撃したのか、切り裂く音が響く。


「だからって、雑過ぎなんだよ、ユアンは! ……っと、危ねぇな! お前はこれでも、喰ってろ! ──暴発せよ、『暴雨の弾泡アヴェルス・スキューム』!」


「雑って、何よ! 雑って! 女子に対する台詞とは思えないわ! ──『飛電の突風(ランベント)』!」


 雷が落ちたような音が響いたが、それは風魔法によって起こされた音だったらしい。


 背後で行われる戦闘は激しさを増していくというのに、それでも「(ヴェント)」の二人はいつもと同じように言い合っている。

 だからこそ、緊張感が強いられるこの場において、逆に安心できる存在とも言えた。


「……いやぁ、『(ヴェント)』のお二人が助けに入ってくれたのは予想外でしたが、この場を何とか持ち直せて良かったです……」


 耳元で聞こえたウェルクエントの声は心底、安堵しているようだった。


「お二人は普段の任務で培われた連携による戦闘に優れていますからね。……さて、魔物は『(ネーベル)』と『(ヴェント)』にお任せして、我々はこちらに集中しましょうか。……先程、イリシオス総帥が使った魔法によって、塔内の戦況は変わってくる頃合いだと思いますし」


 聞こえてくる声色には若干、疲れがにじんでいる。長時間、魔法を行使し続ければ、身体に不調が出てもおかしくはない。


 だが、ここで誰か一人でも膝を折ってしまえば、それまで積み上げてきたものは崩れ去ってしまうのだろう。


 クロイドはズボンのポケットから素早く魔力回復薬を取り出し、栓を開けてから一気に飲み干す。

 その不味さに味覚が麻痺しているのか、もはや何も感じない。ただ、消費した魔力が少しずつ回復していくのがはっきりと分かった。


 長い夜はまだ、終わらない。

 それでも、屈する者はいなかった。


 

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