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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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王家の役目

 

 日付を跨いだ頃、イグノラント王国の国王が住まう王宮では、嘆きの夜明け団の団員と王宮魔法使い達が動き回っていた。

 しかし、飛び交う声は荒っぽく、とても王宮内とは思えない程だ。


「──おい、そっちに魔物が行ったぞ!」


「だから! 王宮魔法使いは! 魔物相手は不得手だと言っているだろう!」


「うるせぇ! 一時的な束縛魔法なら使えるだろ! 俺が仕留めるから、さっさと補助しろっ!」


 広い王宮の庭には、召喚されるように突如として現れた魔物達が闊歩しており、団員と王宮魔法使い達はその対処に追われていた。

 魔物への対処に慣れてはいないと言っても、さすがは王宮魔法使いと言うべきか、教団の団員達と協力しながら次々と魔物を倒している。



 そんな光景をこの国の王子であるアルティウス・ソル・フォルモンドは王宮の建物の三階の窓から眺めていた。


 たとえ国を動かす力があっても、魔力を持たない一般人である自分達では魔物に対処する方法など持っていない。

 それゆえ、団員や王宮魔法使い達の邪魔にならないようにと離れた場所に避難していた。


 王宮に勤める者達の中には「教団」や「魔法使い」の存在を知っている者が一定数はいる。

 そのため、それ以外の者達には理由を付けて自宅や寮へ帰宅を促し、教団の魔法使いによる睡眠魔法によって、安全な場所で眠っているはずだ。


 そして今現在、王家の者の他に、王宮に住まう者や最低限の使用人達だけがこの場に残っている。


 魔法使い達が守りやすいようにと広い会議室に集まっているが、各々の表情は強張っており、とてもではないが気楽な雰囲気ではなかった。

 いっそのこと、睡眠魔法で眠らせてもらった方が彼らも気が楽だったかもしれない。


 事前に何が起きるのか、教団の団員達によって説明はされていたため、大きな混乱は起きなかったものの、やはりこれまでの人生の中で魔物という存在と出会ったことがない者ばかりゆえに、戸惑いと緊張の方が大きいらしい。


 アルティウスと同じ場所に避難している使用人の中には、狂暴そうな魔物の姿を見ただけで青褪めている者もいた。

 だが、料理を作ることが仕事の王宮料理長だけは、魔物は食べられるかどうかを気にしていた。とても図太い性格をしているようだ。


 アルティウスはすぐ傍に気配を感じたため、窓から一度離れた。いつの間にか、自分の傍には国王である父が立っていた。

 彼は感情の読めない表情で、それまでアルティウスが見ていた窓の外へと視線を向けている。


「……陛下」


 アルティウスがそう呼べば、国王──セルディウス・ソル・フォルモンドは目を細めた。


「今は公の場ではない」


「……そうですね。では、改めまして……。……父上はこれまでの人生の中で、魔物を見たことはありますか?」


 アルティウスは出来るだけ小声で父に話しかけた。


「……いや、ないな」


 セルディウスは窓の外に広がる景色よりも、更に遠くを見つめながら答えた。


「……()()()でさえ、魔物を直接この瞳で見ることはなかったな」


 こちらに聞こえるか聞こえないかの声量で父はぼそりと呟いた。彼が示した日がいつのことなのか、アルティウスはすぐに察した。


 ……母上とロディが魔物に襲われた日……。


 無意識に、眉が少しだけ中央に寄ってしまう。確か、十一歳の誕生日が過ぎたあたりだった。

 吹き荒れる嵐の日、あの惨劇は起こった。


 ……嵐が怖くて、ロディと一緒に寝たいってお願いしたのに、断られたんだっけ。


 そのことが懐かしいような寂しいような感覚を思い出したが、ふと気付いてしまう。

 クロイド──クロディウスの部屋にそのまま滞在していれば、同様に被害に遭っていたのではないか、と。


 あの日、クロディウスは自分の誘いを断っていた。いつもならば、「いいよ」と言ってくれるはずなのに、あの日だけは何故か断っていたのだ。

 それが彼の気まぐれだったのか、偶然だったのかは分からない。


 それでもクロディウスが断っていなければ、自分も一緒に魔物に襲われていただろう。何せ、魔物はクロディウスの部屋に突然、侵入してきたというのだから。


 ……っ。どうして、今まで気付かなかったんだ……。


 途端に言葉で表現出来ない恐怖のようなものが、身体の底から押し寄せてくる。

 

 恐らく、クロディウスも魔物が襲ってくることを予見していたわけではないだろう。だからこそ、偶然が重なり合ったことに対する事実に、震えないわけがなかった。


 ……しっかりしろ。動揺するな。


 アルティウスは誰にも気付かれないように唇を結び、顔を上げる。


 結果で語っても仕方がないと分かっている。

 何故、魔物がクロディウスを襲ったのかも分からないし、「あの日」だったことも果たして偶然なのかは分からない。


 だが、今となっては後ろばかり向いて、考えてはならないと──今の「クロイド」を見て、思ったのだ。


 ……きっと今頃、「クロイド」も教団の団員として、頑張っているんだ。僕も次期国王として、全てを脳裏に焼き付けていかなければ。


 決して、魔法も魔法使いも夢物語の存在ではないと、(のち)の王家の血筋に伝えていくことが、自分の出来ることだ。


 見守ることしか出来ない。

 祈ることしか出来ない。


 だが、それこそが自分達の役目なのだ。



 すると、窓の外で交戦していたはずの魔物が、アルティウス達が避難している三階まで、勢いよく飛んできたのである。


 バンッ、という激しい音と共に窓にぴったりとくっ付いているのは蝙蝠のような羽を生やしている奇妙な姿の魔物だった。

 ぎょろりとした大きな目玉が、窓越しにアルティウス達へと向けられている。


 恐らく、部屋の中にいる人間達が魔力を持たない一般人で、魔物である彼らにとっては「餌」となり得る存在だと認識したのだろう。

 魔物の瞳は獲物を仕留めようとする獣そのものだった。


 同じく避難していた使用人達の中には魔物に恐怖を抱いたのか、悲鳴を上げる者もいれば、気絶する者もいた。

 中には魔物の視線に耐え切れなくなったのか、部屋から出て逃げようと扉の取っ手に手をかける者もおり、彼らに向けて落ち着くようにとアルティウスは声を張ろうとした。


 しかし、自分よりも先に言葉を発したのは父だった。


「──うろたえるな! ……この部屋には魔法使い達の魔法により、魔物を通さない上に攻撃を防ぐための結界を張ってもらっている。力の強い魔物でない限り、破られることはない。むしろ、結界が張られていない部屋の外の方が危険だ」


 国王の言葉にはっとしたのか、慌てていた者達は背筋を伸ばし、頭を下げていた。


 たとえ、王宮の中では一人前の使用人として働いているとしても、この場では魔物を倒す力を持たない一般人にしか過ぎないため、彼らが怯える気持ちはよく分かる。


()()の言う通りです。我々はここで、夜が過ぎることを待つだけしか出来ませんが、今、戦ってくれている者達が怪我をしないように祈りましょう」


 アルティウスが穏やかに声をかければ、少しは落ち着いたのか、動揺を見せていた者達は頷き返していた。


 アルティウスはそれを確認してから、再び窓の方へと視線を向ける。


 相変わらず、魔物がこちらを狙って、何とか窓を割ろうと攻撃しているが、やはり魔法使いが施してくれた結界の力の方が強いのか、ひびを入れることすら出来ていないようだ。



 そんな時だった。


 突然、魔物の喉から刃が生えてきて驚いたが、よく見れば背後にはローブを纏った教団の魔法使いがいた。

 恐らく、剣術に長けた者なのだろう。その者は魔法で軽々と空を飛び、己の剣で魔物へととどめを刺しに来たのだ。


 魔法使いは何か言葉を発したようで、その瞬間、魔物の喉に突き刺さっていた剣から炎が生まれる。

 やがて、炎は魔物の身体を覆いつくし、全てを灰へと変えていった。


 ……魔法なら以前、クロイドの先輩達に見せてもらったけれど、この魔法は──魔物を殺すための魔法だ。


 その威力は恐ろしいものだと思った。

 だが、教団の魔法使いは罪なき一般人を害するために魔法を使用してはならないと決められている。


 あの魔法がこちらに牙を剥くことは絶対にあり得ないと分かっているからこそ、あれ程の力を持つ者達を怖いとは思えなかった。

 むしろ、頼もしいとさえ思った程だ。


 仕事を終えた魔法使いは、支えを無くしたように下へと落ちていくが、その際に互いの目が合った。


 アルティウスは彼らに敬意を払うために小さく頭を下げれば、地面に無事に着地した魔法使いは右手を軽く挙げてから、再び他の魔物との戦闘へと戻っていった。


「ふむ……。この件が落ち着いた後、教団へと振り当てている国家予算をもう少し上げるべきだと、次の議会で提案してみるか」


 魔法使いによる魔物の討伐を見ていた父は顎に手を添えつつ、そんなことを呟いた。


 基本的に教団は毎年、国家から決まった予算を貰い、それによって運営している。

 今のところ、予算が足りないという話は聞いていないが、今回の件を受けて、予算を増やすべきだとアルティウスも思った。


 ……我々の手が届かない場所で彼らは命のやり取りをしているんだ。他の国での、軍事予算とまではいかないかもしれないが、もう少し捻出するべきだろう。


 自分達にはそれくらいしか、出来ない。


 だが、今回の件で改めて考えさせられたのは事実だ。教団はこの国を陰ながら支えてくれている大事な存在だ。

 彼らに敬意を払わずにはいられないが、教団が欲しいのは気持ちなどではないだろう。


 ……教団の魔法使い達がこれからも、表に出ることなく、誰かに後ろ指を指されることなく生きていけるように、僕達は表舞台から彼らを支えていこう。この先も、ずっと──。


 それが次期国王として自分に出来ることだ。

 かつて、過去の国々と人々が犯した「魔女狩り」という罪への贖罪は今も続いているのだから。


 アルティウスは再び、窓の外へと視線を向ける。


 教団の団員と王宮魔法使い達が言い争いながらも、魔物を次々と倒していく光景を心に刻むように真剣に見つめつつ、彼らの身を案じながらも早く長い夜が明けることを密かに願った。


   

 

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

今日で「真紅の破壊者と黒の咎人」はなろう連載、五周年を迎えました!

いつも読んで下さる皆様方のおかげです。本当にありがとうございます!


気軽で気楽な感想とかも、待ってます。万歳しながらめっちゃ喜びます。

どんなキャラとか、どのシーンが好きとか、そんな感想でも嬉しいです……!

もちろん、誤字脱字の報告も嬉しいです。

伊月、感想……欲しい……です……(年に数回あるかないかの欲望)


そして、五周年を記念しまして、私のツイッターの方ではPVもどきを作ったものを載せております。

詳しくは珍しく更新……いえ、今年初の更新となる活動報告に書いておりますので、気になる方がいらっしゃいましたら、どうぞご覧下さいませ。

ちなみに活動報告には、五周年記念絵を載せていますー!がんばった!

いつも活動報告は書いていませんが、今日も元気もりもりで生きてます!


更新速度は相変わらずだと思いますが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

どうか、皆様方もお身体お気を付け下さいね。

読んで下さり、ありがとうございました!

 

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