光照らすもの
教団の時計塔の針が十二時を過ぎた後、予告通りに悪魔「混沌を望む者」による魔物の召喚が行われ、ロディアート市街には魔物が溢れかえっていた。
その対応をしているのは魔物討伐課に所属する団員達だ。
魔物討伐課は魔法だけでなく剣術を得意とする者が多く所属しているが、他にも弓や銃による射撃や槍術などを得手としている者もおり、強さという言葉だけでは計り知れない力を持った団員が多いのだ。
そして万が一、建物の外に出てしまった一般人を保護するために、魔的審査課の団員も動いている。
チームごとにロディアート市街の区画の担当を決められ、余裕があるならば他の区画へと応援に行くようになっていた。
そんな中、魔物討伐課に所属するチーム「雪」のイトは、相棒のリアンと共に、ロディアート市街の路地ですでに戦闘を始めていた。
「──リアン、そっちに行きましたよ!」
敵を一体、仕留め損ねたイトは自身の横を通って行った魔物を小さく睨みつつ、背後のリアンへと声をかけた。
「任せて! ──せぇいっ!」
リアンが扱う精霊剣が、猿に似た姿の魔物を両断していく。
彼はそのまま、剣に宿る火の精霊「フォン」の力を借りて、魔物を燃やしていた。
「ふぅ……。思っているよりも魔物が強いね」
リアンは空いている左手の甲で額を軽く拭った。
十二時を過ぎてから、まだ三十分も経っていないというのに、それまでに倒した魔物の数はすでに二十を超えていた。
「そうですね。……今のところは私達が対処出来る程度の魔物しか出ていませんが、これ以上となると厄介かもしれません」
「こういう時って、強さよりも数が多い方が面倒だからねぇ。特に狭い場所だとなおさらだよね」
リアンは先程、討伐した魔物が灰となって消え去ったことを確認してから、イトの方へと向き直る。
「気を張りつつも、適度に休息を取らなければ、こちらの足元を掬われかねませんね」
「だからこそ、他の団員との協力が必須なんだろうね」
イトとリアンは言葉を交わしつつも、周囲に魔物の気配がないか探ってみる。
元々、魔力量が多くはないイトの索敵範囲はそれほど広くはない。だからと言って、リアンばかりに索敵を頼るようなことはしない。
このような場合には空気の流れや音に対して出来るだけ感覚を研ぎ澄ませ、微差を得ることで対処している。
ふと、風の流れを感じ取ったイトは真上に向けて剣を突き上げるように立てた。
その瞬間、まるで自ら串刺しになりに来たように、爪と牙が長い獣型の魔物がイトの剣に突き刺さっていた。
恐らく、路地は建物に挟まれている場所なので頭上から襲撃する方が、相手の隙を突けると思ったのだろう。
すでに絶命しているが、小さな身体の割にはこちらが思っているよりも知能がある魔物だったらしい。
「うわっ、驚いたぁ……」
「リアン。周囲だけでなく、ちゃんと頭上や足元にも意識を向けて下さい。どこから現れるのか分からないのが、魔物というものです」
「わ、分かっているよぉ……」
「はい、浄化は任せますよ」
イトは剣に串刺しにしたままの魔物をその場に、振り落とした。剣を軽く振り、刃に付着していた魔物の血を地面へと振り落とす。
……人間と同じで、赤い色。
イトは目を細めつつ、自分と同じ赤色が流れていたものを見下ろした。
あの日から──オスクリダ島で「闇」を見た日から、忘れられないものがずっとイトの心を占めている。
もしかすると、今、目の前で殺した魔物は──元は人間だったのかもしれない。
もちろん、全ての魔物がそうではないと分かっているが、後ろ暗いことを時折、思ってしまうのだ。
だからと言って、任務に支障が出るわけではない。
自分は、やるべきことをやるだけだ。でなければ、守りたいものを守ることが出来なくなる。
それはつまり、何を優先するべきか順位を付けているだけなのだ。
……そうしなければ、自分の心が保たないだけ。
割り切らなければ、削られるのは自分の心だ。
イトを冷たい人間だと評する者もいるかもしれない。
だが、それはきっとこの苦悩を知らないこそ、軽々と言えるのだ。
自分が、人間を殺したと。
この手で守るべきだったはずの人間を殺したという現実だけが何度も、何度も、何度も、頭の中で巡ってしまう。
……アイリスさんには覚悟を決めろ、と言ったのに、我ながら悩み続けるなんて、全く情けない……。
優しい彼女のことだ。
魔物と対峙するたびに「この魔物は人間なのでは」と剣を振るうことに躊躇いを覚えてしまっているのかもしれない。
だからこそ、アイリスがこの先、味わう苦しみを自分も理解出来るのだ。
結局のところ、「理由」を付けて、「順番」を決めて、何を「優先」するのか、選んでいくしかないのだ。
そうすることでしか、自分は──あの闇を見た自分達は進むことが出来ないのだから。
……こんな薄暗い感情、リアンにだって、言えるわけがないのに。
それでもきっと彼は気付いているのだろう。イトが心に宿しているものがいかに深く、濁ったものなのかを。
それでも彼はいつだって自分に大きな信頼と好意を向けてくれる。こんな自分を必要としてくれる。
彼が裏表のない無邪気過ぎる笑顔を向けてくれるたびに、暗闇に閉ざされた場所が明るく照らされていく気がしてならないのだ。
そんな彼の笑顔を自分は絶対に曇らせたくはない。
……そう、私は守るために刃を振るうのだから。
イトは剣の柄を強く握りしめ直す。
いつだって、自分に「光」を与えて、降り注いでくれた彼が笑顔でいられるならば、迷うことなんて無いのだ。
「イト? 急に黙って、どうしたの?」
魔物の浄化を終えたのか、リアンが子犬のような丸い瞳で首を傾げつつ、イトを見てくる。
「……いいえ。何でもありません。……浄化が終わったならば、隣の路地に見回りに行きますよ。私達が担当している区画、狭いようで路地が多くて大変なんですから」
「うん。……あ、イト。怪我とかしてない? もし、怪我したらすぐに言ってね! 本当は怪我しない方が一番いいんだけれど」
「分かっていますが、それはあなたにも言えることですよ、リアン」
「もちろん、分かっているよ! でも、出来るだけイトに心配かけないようにするね!」
リアンはイトに向けて、にかっと笑ってくる。
……本当、この人は……太陽みたいだ。
その強い光を求めて近付き過ぎれば、己の身が熱く焼かれてしまう程の眩しさを彼は持っている。
イトは思わず目を細めてしまうが、焦がれずにはいられない光だと自覚していた。
ああ、でも、だからこそ──。
この光を誰にも奪わせなどしないと、強く心を奮い立たせることが出来るのだ。
「では隣の路地の見回りが終わった後は、応援を求めているところがないか、伝達用の魔具を使って、他の団員に連絡を取ってみましょう」
「了解!」
イトとリアンは互いに周囲を警戒しつつ、路地を進んでいく。
たとえ夜は長く、闇は続いていくのだとしても、自分だけの光がすぐ傍で己を照らし、背中を守ってくれるというならば、進むことに躊躇いを覚えたりしないのだから。




