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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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長い夜の始まり

 

 クロイドは目の前に建っている「遥かなる導の塔」へと視線を向けた。混沌を望む者(ハオスペランサ)との約束の時間まで、もう間もなくだろう。


 右手の手首には事前にウェルクエントに渡されていた魔具、「調律の銀星」がはまっている。

 同じ魔具を使う者同士の魔力を繋げ、その質を底上げしつつ、大がかりな魔法を展開する場合にぴったりな代物だ。

 恐らく、クロイドが教団から月に一度貰っている給金だけでは手が届かない値打ちに違いない。


 そして、左手にはめている腕輪は黒い石が連なったもので、魔法を使わない限り、体内の魔力が感知されない魔具となっている。

 これももちろん、事前にウェルクエントに借りたものだ。


 狡賢いあの悪魔のことだ。一応、ハオスに気付かれないようにと姿を隠す魔法を使っているが、塔の周囲にイリシオス以外の魔法使いが潜んでいるかもしれないと探知してくる可能性があった。


 だからこそ、準備は念入りにしていた。これから始まる長い夜は体力と魔力、そして気力を激しく削いでいく消耗戦となるだろう。



 クロイドは深い息を吐き、軽く周りを見渡した。

 自分と同じように塔の周囲には、これから始まる大がかりな魔法のために集まった四人がいた。


 黒筆司(こくひつし)である、ウェルクエント・リブロ・ラクーザ。

 魔的審査課で後輩として目をかけている、エリクトール・ハワード。

 祓魔課所属で悪魔を専門としている、ハルージャ・エルベート。

 イリシオス総帥に侍女のように仕えている、ノーチェ・タリズマン。


 魔力量にそれぞれ違いはあるものの、魔力や魔法の扱いは慣れているように感じた。


 クロイドの右側はウェルクエントが、そして左側はエリクトールこと、エリックが立っている。

 あとの二人は塔の反対側にいるので、クロイドが立っている位置からは彼女達の様子は見えない。


 また、お互いの距離が離れていても、ウェルクエントの指示が聞こえるようにと、彼から通信専用の魔具を貸してもらっている。

 耳にかける形状の魔具には魔石がはめ込まれており、同じものを着けている者同士、常時会話が出来るようになっている便利な魔具だ。


 あくまでも予想だが、色んな魔具を扱っている「水宮堂」の店主であり、ウェルクエントの従兄弟兼義兄でもあるヴィルヘルド・ラクーザに提供してもらったのではと、クロイドは密かに思っている。


 クロイドは身に着けている魔具に不具合がないかを確かめてから、ふっと短く息を吐いた。


 ……嵐の前の静けさという言葉があるが、まさにこのことだな。


 この位置に着く前に、普段から緊張しがちなエリックに声をかけたが、がちがちに身体を強張らせつつも、大丈夫ですと言って笑顔を見せていた。

 気弱そうに見えて、芯は強いエリックのことだ。恐らく、大丈夫だろう。


 クロイドは手袋をしている両手を何度か開いては握りしめる。汗ばんではいないはずなのに、少しだけ奇妙な心地がするのは、緊張しているからかもしれない。


 表に出すことなく、心に宿すのはハオスやブリティオン王国のローレンス家への負の感情だ。

 だが、感情的になり過ぎれば、自分を見失うことは嫌という程に分かっていた。


 だからこそ、冷静さを忘れないように、胸元に下がっているアイリスの瞳と同じ色の石に何度か触れては深呼吸を繰り返した。


 ……そろそろ、か。


 そう思った瞬間、塔の時計の針が夜中の十二時を指し、時刻を示す音を鳴らした。

 数度、繰り返される音と共に、その場の空気は先程よりも張り詰めていく。


 ()()は、唐突にやってきた。

 ぴりぴりと肌を刺すような痛みと共に、もはや慣れてしまった特有の魔力の波動を感じたクロイドは一瞬、身体を強張らせる。


 ……っ!? 来た……!


 塔の内部に、ハオスは直接、転移してきたのだろう。クロイドと同様に待機している者達も察知したのか、表情は硬いものとなっていた。


 だが、ウェルクエントからはまだ結界を形成するための合図は出ない。

 恐らく、ハオスと対峙しているイリシオスから送られてくる合図を待っているのだろう。


 すぐに動きたい衝動を抑えつつも、じわじわと焦りが積もっていく。それでも、クロイドや他の魔法使い達は()()()を待ち続けた。


 どれほど呼吸を繰り返しただろうか。

 短いような、長いような、そんな時間だったかもしれない。


「──行きます!」


 ウェルクエントによって、結界を形成するための合図が送られたクロイド達はすぐさま、互いの魔力を繋げながら、魔法の呪文をそれぞれ重ねるように唱えた。


 両手を前方の塔へとかざすように構え、そこに魔力が注がれていることを想像しながら、意識を集中する。


(よこしま)なるもの。悪なるもの。招かざるもの──」


 魔具、「調律の銀星」が五人の魔力の出力を安定させつつ、繋げていくのが感じられた。


「我が力のもと、幾重なる壁を築き、何人たりとも、通すべからず」


 何度も練習で唱えた呪文によって、繋がれた五人の魔力はやがて、ばらばらだった魔力の質を底上げしているのか、表現しがたい力が身体の内側から漲ってきていた。


「透明なる壁は、清浄の証。通さぬ意志は、支柱の義。堅牢たる力は、守護の(あらわれ)


 五人の魔力によって形成された結界は一瞬にして、隙が無い勢いで塔を囲っていく。瞬きをするよりも速い形成は、五人の身体を軋ませていた。


「柱たる身を以って、阻みとなる守りよ。今ここに、不可侵の遥かなる巨壁を顕現せよ! ──『断悪封じし聖なる透壁ヴィスコンフィナー・サクレ・ムーロ』!!」


 見上げる程に築き上げられた結界は一瞬、朝日を浴びたように眩しく光る。

 それは魔法の成功を意味していたが、クロイド達の戦いはこれからだった。


 ……くっ……。練習で慣れたと思っていたが、魔力の消耗が激しい……!


 クロイドは持たされていた魔力回復薬が入った瓶をズボンのポケットから取り出し、すぐさま飲み干した。

 魔力回復薬特有の不味さが、魔力の消耗によって淀みそうになっていた頭の中をはっきりとさせていく。

 空になった瓶を空いているポケットへと差し込むように入れてから、再び結界を維持するために魔力を注ぎ始めた。


 ……塔の内部から激しい魔力の動きを感じる。恐らく、イリシオス総帥とハオスが交戦しているんだろうな……。


 何とか意識をその場に留めるために己を奮い立たせつつ、クロイドは魔法を維持することだけに集中した。


 だが、自分達の周囲に複数の魔力反応を感じ取ったクロイドは、他の者達に知らせるように叫んだ。


「──魔物が塔の周囲に二十……いや、二十三体、接近している! 気を付けろ!」


 ハオスはイリシオスとの交渉が決裂すれば、魔物を教団内と街中、そして王宮に放つと言っていた。

 恐らく、その襲撃が始まったのだろう。


 だが、塔にかけ続けている結界を維持している以上、魔物に対処する余裕はなかった。


「ご安心を! ……『(ネーベル)』、出番ですよ!」


 ウェルクエントは自身の背後の暗闇に向かって、叫んだ。


 瞬間、そこに存在していたはずの暗闇に歪みが生じ、まるで影が具現化したように三人の人影が姿を現した。


「──ったく、魔物相手は得意じゃねぇってのに人使いの荒い当主様だぜ」


「隊長、うるさい。当主の命令、ちゃんと、聞く」


「二人とも、お喋りはそこまでですよ。我らが主の命ならば、どんな仕事もぱぱっと片付けますよ、ぱぱっとね」


 三人とも顔が見えないようにローブのフードを深く被っていた。


 それまでは、クロイド達以外にここには誰もいないと思っていたので、突如現れた三人に内心は驚いていた。何故ならば、微塵も魔力を感知出来ていなかったからだ。

 恐らく、彼らもクロイド達と同じように魔力を周囲に隠すための魔具を身に着けていたのだろう。


 普段は匂いや風の動きなどで見えない相手を探知することが出来るクロイドだが、結界に集中していたため、気付けなかったのだ。


「セラス、ミラ、アルク。周辺の()()()は頼みましたよ」


「了解、当主様!」


 ウェルクエントの言葉に応えるように、三人は一斉に魔物に向かって走っていく。

 三人はそれぞれ持っている魔具を使って、クロイド達へと近付いてきていた魔物と交戦し始めた。


 先程、隊長と呼ばれた青年が魔物の相手は苦手だと言っていたが、その言葉が謙遜だと思える程の実力で魔物達を蹴散らしている。


「ひえぇっ……。まさか、幻のチーム『(ネーベル)』の姿を見る日が来るとは……」


 通信用の魔具越しにエリックの呟きが聞こえたため、三人は一体何者なのかと問うようにウェルクエントへと視線を向けた。

 そんなクロイドの視線に気付いたのか、ウェルクエントは肩を小さく竦めた。


「彼らは情報課に一応属してはいますが、本来はラクーザ家の子飼いの魔法使いなんです。まぁ、つまりは僕の耳や手足でもある優秀な部下ということですね。普段から人目に付かないように姿を隠しつつ、過ごしてもらっているので教団内で見かけたことは無いでしょう?」


 ウェルクエントは結界の維持のために魔力を注ぎつつも、突如、助っ人として現れた三人について簡単に教えてくれた。


「さて、魔物の対処は彼らに任せて、僕達はこちらに集中しましょう。……どうやら、塔内では想像以上に激しい戦闘が行われているようなので、イリシオス総帥が戦闘に集中出来るように我々も結界の維持に努めないと」


 ウェルクエントの口調は焦りも楽観も含まれていない、極めて冷静なものだ。彼の揺らがない姿勢を頼もしく思いつつも、クロイドも結界の維持に集中し直した。


 短いようで長い夜はまだ、始まったばかりだった。


   

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