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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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自惚れ者の勝負

 

 イリシオスとの勝負は教団の運動場で行われることとなった。

 彼女の付き人らしい者からは、危ないことはしないで欲しいと苦言を告げられていたがイリシオスはそれすらも余裕の表情で笑い返していた。


 曰く、イリシオスは魔法が使えない魔女だと聞いているが、自分が相手だというのに随分と余裕だなと心の奥底では小さな淀みのようなものが生まれていたが、頭を振って忘れることにした。


 非公式の模擬試合ゆえに、他の団員に邪魔されないようにと運動場を貸し切り、自分達の周囲に不可視の魔法をかけた状態で行われることとなった。


 しかし、一つだけ疑問があったベルドは傾げそうになる首を何とか、そのままの状態に留めた。

 何故ならば、明らかにイリシオスは剣を握ることに慣れていないと覚ったからだ。


 彼女が右手に持って構えているのは短剣だが、見た目はまるで食事の際のナイフのように見える。

 ベルドが剣士だからこそ、それに合わせて武器に短剣を選んだのだろうか。


 だが、相手がどのような武器を選んでも結果は変わらないだろう。ベルドは冷めた視線をイリシオスに向けつつ、静かに剣を構えた。


 緊張感はない。

 存在するのは、作業をただ淡々と行うための心準備だけだ。


 勝敗の決め方は持っている武器を地面に落とした場合か負けを認めた時。

 ならば、自分が負けることはあり得ない。一度、柄を握ってしまえば絶対に剣が手から離れることはないと自負していた。


 イリシオスの付き人が模擬試合のはじまりの合図を告げ、上げていた右手を下へと振り下ろした。


 瞬間、ベルドは地面を強く蹴って、一瞬でイリシオスとの距離を詰めた。

 イリシオスはこの速さに順応出来ているようには感じない。──これで終わりだ。


 剣を交えることなく、あっけなく終わっていく。



 そう思っていた時だ。


 イリシオスの間合いへと入った瞬間──つまり、地面を蹴った時に妙な違和感を抱いた。

 何かを、踏んだ。


 だが、気付いて回避しようとしたがすでに遅く、地面から突如として突風が吹き上がったことでベルドの身体は上空へと打ち上げられる。


 しかし、ベルドはすぐさま状況に順応し、空中で回転しながら体勢を整え直して、地面へと着地した。

 そして、何が起きたのかを理解するために、自分が踏み抜いた場所へと視線を向ける。


 そこには魔符が置かれており、魔法を発動させたことで役目を終えて、塵となり始めていた。


 恐らく魔力が込められ、魔法の術式が最初から刻まれたものが魔符に宿っていたのだろう。自分はそれを踏んだことで空中へと吹き飛ばされたのだと理解する。

 魔力を持たないイリシオスなりの戦い方と言ったところか。


 確かに魔力と魔法の術式があらかじめ仕込まれているものならば、魔力を持っていない者でも()()()を設定しておけば、扱えるだろう。

 魔符が塵となって消えたということは、発動は一度しか出来ない使い捨てのものだ。


 ベルドは状況を分析し終わったあと、イリシオスへと視線を向ける。


 ──これしきのことで卑怯とは言うまいな? 勝負、とは言ったが魔法は使わないとは言っておらぬからな。


 イリシオスはにやりと笑ってそう言った。

 確かに彼女の言う通り、武器を持って勝負をしているが魔法を使うことを禁止しているわけではないため、今の攻撃は違反にはならない。


 もしかすると自分が知らないうちに、そこら中に魔符が敷かれているのかもしれない。

 軽率にイリシオスの間合いへと踏み込んでしまえば、先程のように自分が攻撃を受けることになるのだろうとすぐに察したベルドは攻撃方法を変えることにした。


 ベルドは剣士だが、魔法が使えないわけではない。

 すぐに剣を媒体にしつつ、短剣を握りしめるイリシオスの右手に向けて炎の魔法を放った。


 弾丸となった炎はイリシオスに真っ直ぐ飛んで行ったが、接触する直前で彼女は右足で地面を思いっきりに蹴った。


 はっとして彼女の足元を見れば、そこには先程の魔符と似たものが敷かれており、小さな足で踏まれたことが引き金となり、魔法が発動したのだろう。


 それまで存在していなかったはずの防御結界が瞬時に形成され、イリシオスを襲うはずだった魔法の弾丸は結界の壁に衝突し、そのまま霧散するように消え去っていった。


 あまりにも用意が良すぎる。

 恐らく、ここまでの流れは全てイリシオスの筋書き通りとなっているのだろう。


 直接的攻撃が通らない場合は魔法に切り替える──見通した上で、彼女はこの模擬試合に対する()()をしてきているのだと覚った。


 ……この人は冷やかしで俺に勝負を挑んできたんじゃない。──本気で俺に勝つことしか考えていない。


 そこで、気付いた。

 自分の方こそ、彼女のことを侮っていたのでは、と。


 不老不死の身体を持っているとしても魔力を持たず、魔法が使えない──ならば、まともに戦うことは出来ないだろうと勝手に彼女の全てを判断していた。


 いつの間に自分は慢心した心を持つようになっていたのだろう。

 結局は剣を交えなければ、本人の性質は見えてこないと分かっていたはずなのに。


 ベルドは気持ちを入れ替えるように息を短く吐いた。イリシオスに真っ直ぐ視線を向ければ、彼女はどこか嬉しそうににやりと笑った。

 イリシオスもベルドがようやく本気になったのだと察したらしい。


 ──来い、ベルド・スティアート。お主の本気をわしに見せてみよ。


 それは挑発などではなかった。

 ただ純粋にベルドが持つ技術を自分にぶつけろ、と言っているように聞こえた。今まで一度も誰からも聞いたことがない、言葉だった。


 剣を構えたベルドは先程と同じように地面を強く蹴って踏み出した。


 イリシオスに近付くために踏み込み過ぎては先程のように、地面に仕込まれている魔符によって反撃を食らってしまうだろう。


 ならば、仕込まれている全ての魔符を()()させてしまえばいい。魔符は使い切りの道具に過ぎない。

 故に何度も攻撃を繰り返して、魔符を無駄に消費させてから丸裸の状態を作り出し、イリシオスを攻撃すればいいだけだ。


 たった一歩だけでいい。イリシオスへと近付く活路を生み出せれば、どれほど細い道でも構わない。

 だからこそ、その活路を作り出すために、この斬撃に()()を注ぐだけだ。

 

 ベルドは瞳に映すことが難しいほどの速さでイリシオスに向かって斬撃を繰り返した。


 刃にはベルドの魔力を纏わせ、魔符によって発動しかけた()()()()叩き斬っていく。

 魔法を剣術で斬るような荒業が出来るのは教団ではまだベルドだけだろう。だからこそ、ベルドは天才と呼ばれているのだ。


 魔符による魔法が発動する瞬間を狙って、ベルドはそれを叩き伏せては襲い来る衝撃を半分以下に抑えていく。


 イリシオスもベルドが何をするつもりなのかを分かっているようで、足元に仕込んでいる魔符を使って次々と結界を形成しては防御に徹していた。


 勝つために模索し、持っている全ての技術を用いて、ただ一心に剣を振るう──。


 勝つという目標だけでなく、そこに到達するまでの過程を歩むことも含めて、剣術における全てがどれほど心地よいことなのか、自分は随分と長い間、忘れていたようだ。


 正直に言えば、イリシオスと戦うことは楽しかった。

 魔符によって発動する魔法は統一されていないので、風魔法だけでなく水や炎属性のもの、ベルドの動きを止める影魔法さえも仕込んであったし、自分が知らない魔法も仕掛けられていた。


 発動する魔法に合わせて、瞬時に自分で考えた攻撃を繰り出す──それが、ただ純粋に楽しいと感じた。


 しかし、仕掛けられた魔符は有限であるため、この戦いにはやがて終わりが訪れることとなる。


 発動した全ての魔法を叩き斬ったベルドの目の前に、イリシオスによって形成された新たな結界が立ち塞がる。

 だが、ベルドは渾身の一撃を放ち、結界を一瞬で叩き割った。


 次で終わりだとベルドは柄を握る手に力を込める。


 それでも、これはただの模擬試合であるため、相手の命を奪うような一撃を放ってはならない。

 ベルドはイリシオスが右手に持っている短剣を落とすために、最後の一撃を放とうとした。



 その時だった。



 ──来たれ、輝かしき獅子(グロリオン)


 突然、イリシオスは叫び、短剣を持っている彼女の右手の指から眩しい光が解き放たれる。

 一瞬だけ見えたのは、イリシオスの指が光ったのではなく、彼女の指にはめられている指輪が光を放った光景だった。


 まさか、ここで最後の魔法が放たれるとは思っていなかったベルドはあまりにも眩しい光から逃れるために目を瞑ってしまう。


 だが、目を瞑ったほんの一瞬の隙を奪うように、()()がベルドに突撃し、初めての鈍い痛みが横腹を襲った。

 自由に動くことさえも出来ず、先程まで持っていた剣は突然の攻撃によって、地面に落としてしまっていた。


 気付いた時には身体は横向きになっており、地面から足が離れている。

 いや、違う。

 目を開けたベルドは自分の現状を理解し、大きく瞳を見開いた。


 最初に見えたのは、黄金とも呼べる美しい色の毛並みだった。太い足は四本あり、尻尾まで見える。

 そして、自身の横腹に少しだけ当たっているのが牙だと知り、思わず冷や汗が額から流れた。


 得体の知れない何かが自分の身体を咥えているのだと理解する。


 今は牙を持つこの何かが自分を甘噛みしている状態なので、身体に牙が深く刺さっていないが、無理に動いてしまえば食い込む可能性があるため、微動することさえも出来なかった。


  

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