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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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継がれるもの

   

 アイリスはクロイドの顔を窺いつつ、思い切って訊ねてみる。


「ねえ、セド・ウィリアムズの匂いって分かる?」


「分かる。まだ、この場所から出て行ってはいないみたいだが……」


 そう言って、クロイドはきょろきょろと周りを見渡す。もう、ほとんどの信者が教団の団員によって捕らえられているようだ。

 あとはウィリアムズを捕縛すれば事は済むのだが、彼の姿は見当たらない。


「とりあえず、匂いを辿って……」


 クロイドが言葉を紡ぐ前に、近くに居た獅子が素早く動き出す。そして、入口を塞ぐように立ち止まると、くるりとこちらへ振り向き、低く唸った。それでも、獅子が視線を向けている場所には誰もいない。


 その方向を睨むように見ているブレアがぼそりと呟く。


「……いるな」


「え?」


 目を凝らすがアイリスには、そこに何がいるのかは見えなかった。しかし、クロイドは気配を感じているのか瞳を細めて、とある一点を見つめていた。




 だが、その場にかつり、と軽い靴の音が響く。


「──よくやった、ダスク」


 突如、空間に響いたのは幼い少女の声だ。その声の持ち主が、入口を塞ぐ獅子の後ろから小さな影をすっと見せる。

 背中まで伸びる髪は細い絹糸のような金色で、見た目は十二歳くらいのように見えた。


「全く、情けないのぅ。他の者を置いて、自分だけしっぽを巻いて逃げようとは……。──なぁ、セドよ」


 少女は獅子の顎を撫でながら、どこか呆れ顔で小さく笑う。

 そして、視線の先は獅子と同じ方向だった。


「世話をしてきたお主のためを思い、多少の事は目を瞑ろうと思っておったが……。これはやり過ぎじゃ。さすがに見ぬふりは出来ぬよ」


 そう言って少女は憐れむように目を細めた。クロイドは少女の姿を目に映すと、何故か分からないが石のように固まったままだ。


「言っておくがエイレーンはお主が望むことは、これっぽっちも望んでおらぬ。……それはお主の悲しき野望というやつじゃ。わしを総帥の椅子から降ろしたいだけなら、構わぬが他の者を巻き込むことはやめてくれ。……ローレンス家にはこれ以上辛い思いをさせたくはない」


 ローレンス、と少女は言った。自分の家のことを知っているのだ。

 それだけではない。先程の口調はまるでエイレーンと会ったことがあるような言い方だった。


 ……まさか。


 この少女の正体に何となく気が付いたアイリスは思わず息をのみ込む。


「……あなたに何がお分かりか」


 渋い声とともに獅子と少女の前にウィリアムズがすっと姿を見せる。恐らく、姿隠しの魔法で見えないようにしていたのだろう。


「エイレーンは過去の人にするべきではない。だが、人は忘れていく」


「それが人という生き物じゃ」


「私はそれが許せない!!」


 ウィリアムズが初めて怒りを含んだ声で怒鳴る。


「……あなたもご存じのはずだ。我が祖先は、かの魔女狩りで根絶やしにされそうだったことを」


「それをエイレーン達が救ったのじゃったな」


「そうだ。我が一族はその時、全てを以てしてでも彼女に捧げると誓った。それは今でも変わらない!」


 強い口調でウィリアムズは吐き捨てる。それまでの色の無い表情、声色が全て払拭される程の激しい感情だと思えた。


「だが、時代はどうだ。世間はどうだ。時が経つとともにエイレーンの存在は風化されていき、やがて御伽噺のような存在になってしまった! 私はそれがどうしても許すことは出来なかった!!」


 叫び声が反響していく。


 ウィリアムズは崇拝していたのではない。

 エイレーンを崇拝すべきものとして扱いたかったのだ。


「だから、エイレーンを神として祀り上げ、子孫の娘に魂を宿そうと戯けたことを思ったのか」


 金色の髪を持つ少女の、どこか冷めた物言いにウィリアムズは顔を上げて睨む。


「でなければ、この国の人間は偉大なる魔女の存在を忘れて平穏に暮らしてしまう」


「それがエイレーンの望んでいたことだとしてもか」


「ああ、そうだとも。私はこの国の人間全てが憎たらしいよ。そして、この教団にいる者達もだ。──諸君、なぜその身をこの場へ置く!? 何のために魔法を使う! お前達が持つ血と肉が何故、今を生きていられるか、その意味を知っているのか!?」


 まるで演説のようだと思った。ウィリアムズは魂に呼び掛けているのだ。

 自分達が持つ魔力という力の根源を問い、何故、自分が今を生きていられるのかを。




「……そんなの、分かり切ったことじゃない」


 吐き捨てるようにアイリスは声を上げて、ウィリアムズへと近づく。

 後ろからクロイドの呼び止める声が聞こえた。


「生きるためよ。私達は生きるためにここにいるわ」


 何がそう言わせているのかは分からない。

 もしかすると自分に流れているエイレーンの血が、そう訴えかけているのだろうか。


「エイレーンだって、きっとそうだったわ。ただ、生きたかった。大切な人達と一緒に人として生きていたかった」


 何故だろうか、溢れ出てくる感情で胸の奥がいっぱいになってしまう。


「だって、彼女も人なのよ。自分を大切にしてくれる人がいるなら、守りたいと思うわ。そして、彼女達が築き上げた場所を一生懸命に守ってきてくれたから、今の私達が存在出来るのよ。この場所が大切だと思わなかったら、こんなに長い月日をかけてまで、彼女の意志を継ぐように守るわけがないもの」


 そこで喘ぐように息をする。


 アイリスの隣にはいつのまにかクロイドが立っていて、肩に手を置いてくれていた。

 その温度が今、自分をここに真っすぐと立たせてくれている。


「『選ばれし者(シェルティスト)』も、『魔力無し(ウィザウト)』も関係ない。ただ、一人ひとりが守りたいものがあるから、そのために今の教団の形があるだけよ」


 辺りは静まりかえっていた。

 誰も何かを発言しようとはしなかった。


「だから、私はエイレーンを偉大な魔女だなんて思わない。彼女はただの寂しがり屋で、もろくて、そして優しい人だったって分かっているから。……それでも」


 深く息を吸う。

 涙が出てきて止まらなくなっていた。


「私はあなたがエイレーンを大切にしてくれて、覚えていてくれて嬉しいと思う。たとえ、それが彼女の意志に反していたとしても。でも、私は……ここにいる人達がそれぞれの思いを持って、教団にいることは間違っていないと思う」


 ウィリアムズは瞳を丸くしてアイリスを見ていた。

 アイリスの姿に誰かを映して見ているのか、彼はじっと動かないままだ。


「だから、エイレーンを神になんてしないで。彼女はただ人として存在したかっただけだから。この教団の存在が成り立っているだけでエイレーンの意志と誇りを守っているのだから」


 ぎゅっと肩に力を入れられる。

 隣のクロイドを見ると彼は何か言いたげな顔をしていた。


「……まことに、そこの娘の言う通りじゃ。エイレーンの存在を記憶に留めて置きたいのであれば、教団があるだけで十分。血による選別も、魔力が無い一般人に対する見下しもいらぬ。彼女がもっとも求めたのが、魔力ある者もない者もどちらもが幸せに暮らせる世界なのじゃからな」


 アイリスの言葉に同意するように少女は深く頷く。


「さて、セドよ。小言は教団に帰ってからしようかの? なぁに、時間はある。わしにもお主にも」


 ウィリアムズは意思の無い表情で少女の方を振り返る。


「皆のものよ。これにて対立は終いじゃ。気絶している者は全て教団へと連れて帰り、回復しだいわしの元へと来させよ」


 少女の声に従うように教団の団員達は声を上げる。

 アイリスは団員によって連れていかれるウィリアムズの背中を見ていた。


 もしかすると彼は……いや、彼の一族は一生をかけてエイレーンに救ってもらったことに対する恩返しをしたかったのかもしれない。

 こうやって思いは歪んだものになってしまったが、それはある意味、純粋で美しいものだとも思えた。


 目の端には気絶しているラザリーとスティルが団員の手によって運ばれている。

 彼らやエイレーンの信者達がどんな思いをそれぞれに持ち、この場所にいたかは分からない。


 それでも彼らは恐ろしく純粋なのだ。

 たとえ、他人からそれを批判されたとしても、彼らには疑いようもない思いなのだから。


「……終わった」


 教団の団員達が抵抗しなくなった信者達を建物の外へと連れていく姿を見ながらクロイドが呆けたように呟く。


「まだ、終わっていないわ」


 アイリスは手の甲で涙を拭いて、去りゆく彼らを真っすぐと見つめる。


 獅子の隣に立っている少女がこちらを見て薄く笑った気配がした。そして、アイリス達に向けて頷くように軽く頭を下げると外へ通じる扉に向かって歩みを進める。


「信じることは大事だわ。でも、意志を継いで次へと歩いていくことはもっと大変だもの」


「……それなら、俺達は大丈夫だな」


「え?」


 どういう意味だろうかと、隣を見るとクロイドが眩しく笑っていた。


「俺達は黎明の魔女エイレーンの意志を継いだ名前を持っているからな」


「あ……」


 クロイドと一緒に朝日を見た際に決めた、たった一つの意志。

 『(アルバ)』の名。


「だから、この名前に恥じないように俺達は俺達の意志をしっかりと持って生きていかないとな」


 今度こそ、大丈夫だと告げる笑顔にアイリスは頷いた。


 だが、そこでアイリスは糸が切れたように意識を手放してしまう。身体が急に前のめりに倒れる瞬間、異変を察知したクロイドが咄嗟にアイリスの身体を両腕で受け止めた。


 体力と気力に限界が来たのだろうか。

 そういえば、まだ腹部が痛い気がする。


「アイリス!? おい、大丈夫か!? ……ブレアさん! アイリスが……!」


 クロイドとブレアの慌てたように騒ぐ声に耳を傾けながらアイリスは深い眠りの底へと落ちていった。

    

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