招集
寮の自室で休息を数時間ほど取り終え、魔力と体調を整えたクロイドのもとへと届けられたのは紙製の魔具によって、白い鳥の形へと変えられたものだった。
どうやら、部屋の窓の隙間から入ってきたらしい。
白い鳥を手に乗せれば、それは一瞬で一枚の紙へと姿を変えていく。
短い情報を伝達するための紙製の魔具には、「塔の入り口に集合せよ」とその一言だけが綴られていた。
「……」
クロイドが読み終わると、伝達用の魔具は形を失うように突如として発火する。
さすがに驚いたが熱さは全く感じられず、魔具は自ら炎に包まれ、塵となって消え去っていった。
恐らく、外部に漏らすことは出来ない情報なので、念には念を入れて、他人の目に付かないようにと自動的に焼却するための魔法も同時にかけられていたのだろう。
クロイドは手を軽く叩いてから、残っていた塵をくず入れの中へと捨てた。
寝苦しくて汗を掻いたわけではないが何となく、それまで着ていた服を脱いで、別の服へと着替え始める。
黒のズボンを穿き、黒の半袖シャツへと着替えた。洗濯したばかりのそれらからは少しだけ、清潔感がある匂いがふわりと香ってくる。
だが、それよりも最も強く感じられたのは胸元に宿る冷たさだった。視線を胸元へと向けてみれば、そこには空色の石が下がっている。
魔石ではないので、熱は宿ることがない石だと分かっている。
それでも、アイリスの瞳の色を表すその石を見て、クロイドは少しだけ表情を歪めていく。
「アイリス……」
右手の指先で空色の石に触れてみる。この石を自分へと贈ってくれた時、アイリスは笑っていた。
あの時の表情を今もはっきりと覚えている。
クロイドは一度、石を掌で包み込み、ぎゅっと握りしめる。
「……待っていてくれ、アイリス」
改めて、決意をその石に誓ったクロイドは顔を上げる。
コート掛けに掛けていた、くすんだ白色の薄手の上着を手に取り、袖に腕を通した。
次に「青嵐の靴」に足を入れてから、しっかりと靴紐を結ぶ。
最後に手袋の魔具、「黒き魔手」を両手にはめてから、クロイドは最終確認をした。
必要なものは他にはないはずだ。あとは──自分の心持ち次第だろう。
深呼吸を何度か繰り返し、そしてクロイドは自室の扉へと向かった。
・・・・・・・・・・
「遥かなる導の塔」の入り口へと辿り着けば、そこにはすでにウェルクエントが立っていた。
彼はいつ休息を取っているのだろうか。しかし、疲れのようなものは微塵も感じさせなかった。
「お早い到着ですね、クロイドさん」
「そっちもな」
「休息は十分に取れましたか」
「ああ。……だが、この件は極秘のはずだろう。目立つ場所に集まって、大丈夫なのか?」
クロイドが小声で訊ねると、ウェルクエントはにこりと笑い返した。
「大丈夫ですよ。すでに塔付近の建物で仕事をしている団員達は本部の方へと避難していますので、この辺りはもはや無人となっています」
「……それは随分とやりやすいことで」
手回しが早いと思いつつ、クロイドが肩を竦めていると後ろから慌てたような足音が響いてきた。
「あわわ、遅れて申し訳ありませんっ……」
栗色の髪を頭のてっぺんに一つにまとめたものを揺らしつつ、こちらへと走って来るのは魔的審査課に所属しているエリクトール・ハワードだ。
着ている服はいつもと同じように動きやすいもので、その両手には魔具の腕輪がはまっている。
「いえいえ。まだ集まっていないので、大丈夫ですよ、エリックさん」
「ひぃっ……。ラクーザ黒筆司……! ひょえっ……」
ウェルクエントよりも先に来るつもりだったのか、エリックは彼の姿を視線に捉えると引き攣った声を出した。
「おやおや、まだ僕との会話に慣れてくれていないようですね……。先ほど、お話した時には、少しだけ落ち着いたように思えたのですが……。……もう少し時間はありますし、僕と会話の練習でもします?」
「ひぃぃっ……。わ、私っ……だ、大丈夫ですっ……。お構いなくっ……!」
そう答えつつも、エリックはぶるぶると震えながら、クロイドの背中へと隠れた。こういう場合、知り合いが近くにいると頼りたくなるのだろう。
そして、先輩として後輩に頼られるのは悪い気がしない。
「黒筆司、あまりエリックをからかわないでやってくれ。彼女はすぐに緊張してしまうんだ」
「ふふっ……。ええ、もちろん知っています。……僕が声をかけるたびに、ぶるぶると震えるのが面白くて……いえ、小動物のようで可愛らしくて、つい……」
くすくすと笑ってから、ウェルクエントはエリックに向けてにこりと笑うが彼女は恐れるように震えたままだ。
やはり、自分よりも立場が上である者が傍にいると、極度に緊張してしまうようだ。
そこへ少しだけ耳を刺激するような声が入ってくる。
「──ぎゃっ!? な、なっ、何で、クロイドさんもここにいるんですのっ!?」
その声に少しだけ顔を顰めて振り返ってみれば、祓魔課に所属しているハルージャ・エルベートがわなわなと震えつつ、そこに立っていた。
アイリスよりも少しだけ濃い色の金髪に、我が強そうな薄緑色の瞳。
しかし、ハルージャの表情は怯えのようなものが浮かんでおり、その視線は間違いなくクロイドへと向けられている。
「ああ、ハルージャさんはそう言えば、クロイドさんのことが苦手でしたねぇ」
「っ……! ちょっと、黒筆司! 私以外にどの団員がいるのか、先に言いなさいよ!」
「だって、先にお伝えしたら、逃げるでしょう、あなた」
「このっ……、ほんっとうに底意地が悪いですわ……!」
ハルージャはウェルクエントの方を小さく睨んでいたが、本人には全く効いていないようだ。
「……それで。招集をかけたのはこの人数か?」
クロイドは少し呆れたように溜息を吐きつつ、ウェルクエントへと訊ねる。
「いいえ。僕を入れず、四人の方に声をかけさせて頂きました」
「四人?」
その返事にクロイドは首を傾げる。ウェルクエントを含めずに四人に声をかけたと言っていたが、つまりは五人、ここに集合することになっているのだろう。
しかし、その場合はまだ一人、足りないようだが。
「……ああ、来ましたね。彼女が最後の一人です」
にこりと笑ってから、ウェルクエントは右手でクロイド達の後ろへと指し示す。
その場にいる三人が同時に後ろへと振り返れば、足音を立てずに頭上からすっと舞い降りる影が目に入った。
だが、その装いが異様だと思ったのは何故だろうか。
編み込まれた金髪にはフリルの付いたカチューシャが飾られており、黒地の服に白いエプロンを付けたものを着ている。
この場には似合わないほどの「可憐」な女性がそこに立っていた。
表情に色は宿っておらず、どのような感情を抱いているのかは分からない。彼女の内面を表しているように、感じる魔力はどこか凪のように静かだ。
ただ、服装が──まるで誰かに仕えている侍女のような装いだったため、驚いてしまったのである。
「彼女はノーチェ・タリズマンさん」
「……」
ウェルクエントの紹介に対して、ノーチェ・タリズマンと紹介された女性はスカートを指先で摘まむと優雅な動作で頭を下げた。
「実はイリシオス総帥に仕えている方でして、あまり表舞台に出てくる方ではありませんが今回は適役ということで、手伝って頂くことになりました」
「……皆様の足手まといにならないように、精一杯務めさせて頂きます」
そう言って、ノーチェは顔を上げる。彼女の瞳は何故か、真っ直ぐとクロイドに向けられていた。




