遥かなる導の塔
四周年記念絵を載せています。
お目汚しになるようならば、非表示でお願い致します。
静けさが漂う中、一番に口を開いたのはベルドだった。
「ふむ。……それで、この話をそこに居る奴にわざわざ聞かせているということは、あんたが企んでいることに加担させる気でいるということか?」
「……」
「は?」
ベルドは見据えるような瞳をイリシオスに向けながら、抑揚なく告げる。
その言葉に、アレクシアが何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げていた。ウェルクエントも顎に手を添えつつ、イリシオスの方へと向き直った。
別に最後まで隠し通すつもりはなかった。
それでも彼が教団の中で複雑な立場であることは理解しているので、目立たないようにしておきたかっただけだ。
イリシオスはふぅっと深い息を吐く。
「……気付いておったか」
「そいつが動く際に、ほんの少しだけ室内の空気が揺れたからな。まぁ、常に気を張っていなければ、分からない程度だが。何せ、魔力は全く感じられないからな」
その微妙な違いをベルドは感知したということか。
常日頃から魔物と戦闘を繰り返しているベルドはどうやら、イリシオスと共にこの部屋へと入ったもう一人の存在に気付いていたらしい。
「お主の感知能力は相変わらずじゃのぅ」
感心するようにイリシオスが溜息を吐くとベルドは、くっと低い笑い声を上げた。
「まぁ、気配を辿るのは魔力だけじゃないさ。目には見えなくても空気の微妙な流れや足元の振動、声の反響に注意しておけば、相手が自分からどれ程の距離にいて、どのくらいの体型なのかくらいは把握できる」
何でも無さそうにそう言って、豪快に笑っているが並みの団員でその領域に到達している者はいないだろう。
さすが団員の中で最強と呼べる男は見えないものでも相手に出来るらしい。
イリシオスは肩を竦めつつ、少しだけ振り返り、何も無い空間に向けて声をかけた。
「……姿を現してくれ、セドよ」
「……」
相手は言葉を返すことはなかった。
だが次の瞬間、そこには誰もいなかったはずなのに、背景から滲み出て来るように黒い影が浮かんで来る。
その場に突如、風が発生したように、イリシオスの前髪は小さく揺れた。
それまで隠れていた者が現れたことを驚いているのか、アレクシアとウェルクエントの瞳は丸くなっていたが、気付いていたベルドだけはどこか愉快げに笑っている。
目の前に現れた男は数ヵ月前、この教団から去った時と比べて、薄暗い表情をしていた。
濡れ烏のような艶やかな黒髪をゆったりと結んでおり、纏っているローブは夏だというのに分厚く黒い。
細められている瞳は憂いを宿し、少しだけ頬がこけているように見えた。
セド・ウィリアムズ。
数ヵ月前まで、教団の魔的審査課に属していた魔法使い。
かつて、エイレーン・ローレンスの魂をアイリスの身体に降ろすことを計画し、彼女を総帥として立てることでもう一つの教団を創り、魔力主義者達を表舞台に出すことを画策していた首謀者。
しかし、その計画は破かれることとなり、セドは責任を取るように教団を離れていた。
だが、彼は戻ってきた。
とある目的のために。
イリシオスは目を細めつつ、久しぶりに息子に会ったような口調でいつも通りに話しかける。
「……久しぶりじゃのぅ、セドよ」
「……イリシオス先生もお変わりないようで」
「不老じゃからの。……だが、お主は……随分と……」
それ以上の言葉を呟くことが出来ず、イリシオスは口を噤んだ。この数ヵ月で彼の身に何かがあったのだと察するのには、顔を見ただけで十分だったからだ。
「おいおい、以前より陰気さが増したんじゃねぇのか? セド・ウィリアムズよ」
「……全く、あれだけの大事を起こして起きながら、よく先生の前に顔を出すことが出来たな……」
「え、ちょ、今の魔法って何ですか!? 初めて見るんですけれど! 魔力を周囲に感知させないまま姿を消すなんて、そんなこと出来るんですか! 何か面白い魔具でも使っているんですか!?」
三者三様である。
口々にセドへと言葉をかける三人に向けて、イリシオスは軽く咳払いをする。
「……して、セドよ。お主は……悪魔『混沌を望む者』を討ち倒すためにここへ戻ったと聞いたが、まことか」
イリシオスの質問に対して、セドは一度、目を伏せる。
クロイドとエリオスが街中でセドと会った、と連絡を受けていたイリシオスは彼が教団へと戻って来た理由を聞いていた。
「……あの悪魔は我が仇。どのような方法を使ってでも、殺してみせます。──たとえ、悪魔にこの魂を売ってでも」
「……」
声色は静かで低いものだというのに、その奥には憎悪と憤怒が隠されているように聞こえた。
彼は悪魔を討つ、それだけのために身を尽くしているように見えて、イリシオスは痛ましいものを見ているように目を細める。
……こやつも変わらぬ。どこまでも真っすぐ過ぎて、何と危ういことか。
誰も、セドを止めることは出来ないのだろう。
そう思えるほどに彼の意志は確固たるもののように思えた。
「のぅ、セドよ」
イリシオスはどこか不敵に笑みを浮かべる。昔、弟子達に難題を吹っ掛ける時に浮かべていたものと同じ笑みだ。
そして、静かな口調で問いかけた。
「──お主、わしの剣にならぬか?」
イリシオスの唐突な言葉に動揺することなく、セドは目を細めていく。
言葉を説明することなく、覚悟を問う。
恐らく、セドもこの言葉の意味を理解しているだろう。
静寂が漂う中、セドは目を逸らすことなく、イリシオスへと返事を告げた。
「──あの忌まわしい悪魔を討ち滅ぼせるならば」
決まりだ。
イリシオスはセドの真っすぐな答えに頷き返した。
彼の覚悟、それは恐らく生半可なものではないだろう。本当に「悪魔」に魂を売ってでも、自身の仇を討ち滅ぼそうとしているのだから。
イリシオスは視線をベルド達の方へと向き直す。
「悪魔を討つことに関して算段はすでに整っている。あとは……わしが悪魔と交戦している最中、塔に結界を張る人員が欲しい」
「結界、ですか?」
ウェルクエントが首を傾げる。
「悪魔に逃げられては困るからのぅ。わしとの戦闘に全力を使わせ、塔の外に一歩も出すことが出来ぬように対悪魔用の強力な結界を施したい。転移魔法さえも使えないようにしておきたいのじゃが……。一つだけ面倒なことがあってな」
ふぅっと深い息を吐いてからイリシオスは言葉を続ける。
「わしが身を置いていた塔──『遥かなる導の塔』はエイレーンが魔法を施し、創り上げた塔じゃ。基本的に防御魔法が幾重にも掛けられておる。そこに対悪魔用の結界を張るとなると……骨が折れるんじゃなぁ、これが」
「同じ結界とはいえ、同種類ではありませんからね。防御用と対悪魔用の結界は用途が全く違うので、無理に魔法を重ねてかければ、エイレーンの魔力と反発しそうですし。もしくは魔法をかけてもエイレーンの魔法に取り込まれて、その効果も消えかけてしまうでしょうね」
塔の地下にはエイレーンによって魔法陣が刻まれており、半永久的に彼女によってかけられた防御魔法が持続する仕組みとなっている。
「そうじゃ。……エイレーンの魔力が強力過ぎる故に、魔法を重ねてかけることは難しいからのぅ。……しかし、たった一つ、それが出来る方法がある」
イリシオスは細く小さな人差し指をぴんっと立てる。
「エイレーンの血筋の者が魔法を施せば、それは弾かれることなく、馴染むということじゃ」
塔にはエイレーンの魔法に加えられるように、防御魔法と結界魔法が得意な者が塔に住まうイリシオスを守るために多種多様の魔法を施してくれているが、それらの魔方式はかなり複雑だった。
魔法を施した者が遠縁とは言え、ローレンス家の血を薄いながらにも引いているからこそ、エイレーンが施している魔法に対して、無理に反発させることなく付加魔法を組むことが出来たのだ。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
今日で「真紅の破壊者と黒の咎人」はなろう連載、4周年を迎えました!
読んで下さる皆様方のおかげです。本当にありがとうございます!
気軽で気楽な感想とかも、待ってます。万歳しながらめっちゃ喜びます。
それと日常が落ち着いてきましたので、10月くらいから更新を週一に戻そうかと思っています。
そして、4周年を記念しまして、私のツイッターの方ではPVもどきを作ったものを載せております。
詳しくは活動報告に書いておりますので、気になる方がいらっしゃいましたら、どうぞご覧下さいませ。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。




