連動する命
「さて、悩みどころは教団にどれ程の人員を割くか、だな」
アレクシアは顎に手を置きつつ、眉を顰める。すると、ベルドが軽く手を挙げて、何でも無さそうに答えた。
「それについてだが教団の中に出現する魔物だけならば、わしとブレアがいれば何とかなるだろうよ」
「ベルドよ……。それはさすがに無理ではないか?」
「あくまでも、対応出来るのは魔物だけだ。わしもブレアも魔物討伐しか能がないからな」
くっ、と喉を鳴らすようにベルドは低く笑う。
「さすがに非戦闘団員のお守は出来ないぜ? そこは自分達で自衛してもらわねぇとな。わしらはただ、魔物を狩るだけだ」
ベルドはそう言って、肩を竦めているが、彼一人で百人分の戦力が備わっている。つまり、教団の中で純粋な剣技を競えば彼を超えられる者はいないのだ。
もちろん、ブレアもそれが分かっているので、どうにかこの男を超えようと努力し続けているのだが。
「昨晩からの戦闘で怪我を負っている者も多くいるからのぅ……。医務室が置かれている本部の建物に非戦闘団員達を集めておいた方がいいかもしれぬな」
教団には魔力は持っているが、戦闘能力を持っていない団員が全体の二割ほどいる。
情報課や修道課などの他に大食堂の調理員や団員達の普段の生活を支えてくれる用務員、事務員、日常業務員、司書といった多くの団員達がいるのだ。
彼らの働きは日常生活に大きく影響してくるため、なくてはならない存在である。
「ならば、本部の周囲を囲って、魔物が近寄れないように結界を張っておきますか。……ちょうど良いものも手に入りましたし」
にこりと笑ってからウェルクエントが机の上に置いたのは何かを布で包んだものだった。それを丁寧に広げていくと、中には五本の杭のようなものが入っていた。
「……それは?」
「兄が送って来てくれたものです。『退魔の白杭』という魔具でして、五芒星を描くように地面に突き刺すことで、杭の内側の範囲を守る結界を展開させることが出来るんです」
机の上に置かれている白い杭の長さは三十センチほどで、杭全体を埋め尽くすように金色の文字で呪文らしきものが綴られていた。
ウェルクエントが言っている兄とは街中の「水宮堂」と呼ばれる店で魔具や骨董品を売っている店主、ヴィルヘルド・ラクーザのことだろう。
数年前まで教団の魔具調査課に所属していたヴィルヘルドだったが、祖父が開いていた水宮堂を継ぐために、魔法使いとしての籍は置いているが本部勤務を辞めている。
そして本来、ラクーザ家の当主となる予定だったが、その座を従兄弟であったウェルクエントへと譲ったらしい。
ウェルクエントはラクーザ家の本家に養子入りし、その後、当主の座に収まったという事情があるが、ヴィルヘルドとウェルクエントの関係は至って良好であり、従兄弟であるがむしろ本物の兄弟のような間柄である。
ただ、どちらも一つのことに対して秀でていたり、執着しやすい性分のようだ。
それ故に、魔具の目利きに関しては教団内で右に出る者はいないと言われているヴィルヘルドだが、彼は魔具を作ることにも長けており、時折、試作品をウェルクエントへと送っているらしい。
魔具が一般的に使用されるための許可が下りるには、様々な行程を通過しなければならないのだが、ウェルクエントは恐らく、この白い杭の使用許可をすでに取り終わっているのだろう。
情報を扱うことを得意としている彼だが、書類捌きの能力も他者より長けているのだ。
「ふむ、魔物討伐課の遠征部隊が野営をする時に使っていた杭と似たようなものか」
ベルドの言葉にウェルクエントは頷き返す。
「ええ。ですが、野営の時の杭とは違う点はやはり広範囲での効果があることですかね。魔物の接近どころか、ある程度の攻撃さえも防いでくれます。……まぁ、悪魔に直接的に攻撃されてしまっては、一瞬で結界は破壊されてしまうでしょうけれど」
そう言って、ウェルクエントは軽く肩を竦める。
確かに悪魔が手負いの団員や非戦闘団員達を狙わないとは言い切れない。イリシオスに選択を迫るために、更なる人質を得ようとする可能性だってあるのだ。
それまで、イリシオスは躊躇っていたが自身が隠し持ってきた秘密を明けることにした。
でなければ、これから自分が行おうとしていることの成功は願えないからだ。
「……一つ、お主たちに伝えておくことがある」
イリシオスが静かに言葉を発すると、その場にある視線が一斉に注がれてくる。
小さな手をぎゅっと握ってから、イリシオスは顔を上げた。
「悪魔『混沌を望む者』が言っておった、こちらへの要求は二つ。千年生きたわしの血と、そして古代魔法について記された書物」
「……」
悪魔が要求してきたものの内容は昨晩、悪魔の前に居た者達ならば誰もが耳にしただろう。
だが、秘匿している書物と言っても、何を指しているのか分からない者も多いはずだ。
何せ、イリシオスと教団を共に創った者しか知らない話である。子孫に伝え聞かせることなく、このまま永久に封じておいても良いと思っていたが、そうもいかなくなってしまった。
「この書物には古代魔法に関する記述が記されており、中には不老不死を解く方法も載っている。……つまり、表には出せない危険なものが含まれておる書物なのじゃ」
「……っ!」
瞳を輝かせるように見開いたのはウェルクエントだ。彼にとっては未知なる情報であるため、身を乗り出しても聞きたい話なのだろう。
「この書物は塔の最下層部に封印されている。決して、誰も開くことが出来ないようにと、エイレーン・ローレンスの魔法によってかなり強力に封じられており、読むことが出来るのはわしだけじゃ。だが……」
イリシオスは一度、言葉を区切った。全てを言い切るには内側に抱えているものがあまりにも大き過ぎる。
この場に居る者ならば、誰も他者へと口を滑らせるようなことはしないだろう。それでも誰かにこの秘密を話すのは初めてだった。
「わしの心臓が止まった時、その書物に施されている封印の効力は一時的に解かれ、誰しもが読むことが出来る仕組みとなっておる」
「っ……」
「それは……」
「……」
さすがに未知の情報を好むウェルクエントさえも目を見開いたまま固まっている。
イリシオスの命と書物の封印が連動していると知れば、その反応も正しいだろう。
書物の中身を知るためにはイリシオスを殺さなければならない。ならば、その封印を解くことが出来るのは恐らく、ローレンス家の血筋の者だけだ。
「悪魔がこの書物の存在を知っていたということは、在り処も知っているのだろう。手に取るためには……塔を全て破壊し、わしを殺さねばならない」
「……」
「もちろん、全てを簡単にくれてやる気はない」
イリシオスは目をすっと細め、虚空を睨む。
あの悪魔に、いやブリティオン王国のローレンス家にいいようにされて堪るものか。
数百年、守ってきたのだ。そして、これからも守っていく。
そう簡単に奪われてやるつもりはない。
視界の端に映っているベルドが、深い溜息を吐く。
「……それで、あんたは一体、一人で何を企んでいるんだ?」
まるで全てを見透かしているようにベルドは目を細めてくる。
イリシオスは数度、息を吐いてから、そして答えた。
「──わしが囮となり、悪魔を倒す。……それだけじゃよ」




