対策会議
「はぁ……。全く、ベルドとブレアは顔を合わせればこうなると思っておったが……」
わざとらしい溜息を吐きつつ、イリシオスは扉を閉める。
情報課の会議室にはあらかじめ防音の魔法が施されているため、二重に魔法を施す必要はなかった。
ただ、扉を閉めなければその魔法の術式は発動されない仕組みとなっており、もう一度、扉を閉めたかどうか目視で確認する。
これで外部から扉に耳を当てても、室内で話した内容は他人に聞かれることはないだろう。
何度目か分からない溜息を吐いてから、イリシオスはゆっくりと振り返る。
情報課の会議室は多くても十人程しか入れない広さである。長方形の机を囲むように椅子が置かれており、そこには先に座っている団員の姿があった。
「ベルドよ……。あまり孫に構いすぎると本当に嫌われるぞ」
そう言って、イリシオスと同じように呆れた溜息を吐いているのは黒杖司であるアレクシア・ケイン・ハワードだ。
かつてはイリシオスの弟子の一人だったが、その見た目は以前と比べれば歳を取ったものへと変わっていた。
すっかり白髪となった髪を一つにまとめて結い上げており、顔に皺が浮かんではいるものの、背筋は相変わらず真っすぐなままだ。
「ははっ。じゃれ合える時にじゃれ合っとかないとな。……お前も孫と遊んでみたらどうだ、アレクよ」
椅子へと座ったベルドはアレクシアの言葉を気にすることなく、笑い返す。
そんなベルドに対して、アレクシアは顔を顰めながら返事を返した。
「……末孫のエリクトールが特に可愛いのだが、私が話しかけるといつも顔を青ざめてしまうんだ」
エリクトール・ハワード。
イリシオス自身は彼女と言葉を交わしたことはないが、名門ハワード家の末っ子だと聞いている。
アレクシアが特に優秀だと言っているのはエリクトール、通称エリックだが、本人はとても人見知りが激しく常に他人の顔色を窺っているような気弱な性格らしい。
だが、エリックはアイリスやクロイド達と仲が良いと耳に入れている。
「私だって、孫と喋りたい……。だが、怖がらせてしまうんだ。……それに息子達はどうも育て方を間違えたのか、ひねくれてしまったようでな……」
そう言えば、アレクシアの息子の一人、アドルファス・ハワードは何かあるたびにブレアへと突っかかってくる嫌味な性格をしていたことを思い出す。
彼もイリシオスにとっては弟子の一人だ。
だが、ハワード家の現当主であり、母親であり、そして黒杖司であるアレクシアを見ながら育ってきたことで、性格が曲がってしまったのかもしれない。
「そりゃあ、お前さんの背中が大き過ぎるんだろう」
ベルドはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「身内に存在が大き過ぎる奴が居れば、尻込みするだろうよ。わしの家もそうだったからな。誰一人として、わし以上の存在を目指そうとせず、挑むことさえない。……まぁ、ブレアだけはわしのことをただの爺として扱ってきおったがな」
どこか楽しそうに笑いながら、ベルドは腰に下げていた水筒を手に掴むと、栓を抜き取ってから煽る様に飲み干した。
ふわりと鼻を掠めていく匂いは酒特有のものだ。相変わらず、酒豪のままらしい。
歳を取ったのだから、少しは酒を控えた方が良いのではと言ったことがあるが、酒はベルド自身にとっての生き甲斐の一つだと真面目な顔で答えられたため、それ以降は注意することはなかった。
「もう、ベルドさんってば、こんなところでお酒を飲まないで下さいよ」
そう言って責めるような言葉を吐くのは黒筆司のウェルクエント・リブロ・ラクーザだ。
これから話すことは極めて重要であるため、記録を取ってもらうためにも会議に参加してもらっていた。
「飲まないとやっていられねぇだろ。お前も成人すれば、酒という存在の大事さが分かるようになる」
「えぇー……。僕は別に飲めなくても構わないんですけれどね。飲んだら思考に影響が出ますし」
情報や記録を扱うことに長けているウェルクエントにとっては、思考を鈍らせる酒類は遠慮したいものなのだろう。
イリシオスも薬酒であれば、多少は口に付けていたが身体が幼いままであるため、身体には良くないだろうという理由から、あまり好んで酒を飲むようなことはしない。
それ故に、酒が美味いと言って楽しそうに飲んでいるブレアやベルドを少しだけ羨ましくも思っていた。
「さて、私語はそこまでじゃ」
席に座ったイリシオスはぱんっと手を叩いてから、その場を静める。
空気は一瞬で張り詰めたものへと変わっていき、その場に居る者達の表情は真剣なものへと変わっていく。
本当に切り替えが早い者達ばかりだ。
「まず、黒杖司の一人であるハロルド・カデナ・エルベートだが、奴には王宮の方に手を貸してもらうため、退席中じゃ。……まぁ、わざわざ会議をするために、家から教団に来るのが面倒だというのがあやつの本音じゃろうが……」
教団の中で最も結界に詳しい魔法使いと言えば、ハロルドだ。
結界魔法を語る上で彼を超える者はいまだに出て来ていない。彼ならば、王宮を守る強固な結界を他の団員達と協力しながら施してくれるだろう。
「王宮と教団が協力体制を組むのは百数年ぶりくらいですね」
ウェルクエントが確かめるように訊ねてきたため、イリシオスは頷き返す。
自身が王宮から追われて、すでにそれ程の月日が経っているのだと改めて実感していた。
「うむ、そうじゃな。……王宮に向かわせる団員はハロルドを筆頭に、結界魔法が得意な者が四割、対人魔法が得意な者が三割、魔物討伐が得意な者が三割ほどの人数で当たらせたい」
「となると、それぞれの課から十数人程を派遣するということで宜しいですか?」
記録用紙に文字を書いていたウェルクエントは顔をふっと上げる。
「うむ。……果たして、結界を施していても王宮の中にまで魔物を転送させてくるかは定かではないが、念のために魔物討伐が得意なものを十数人程、派遣しておいた方が良いじゃろう。王宮魔法使いは魔物の扱いに慣れておらぬじゃろうからのぅ」
「そうですね。では、市街に当たらせる団員達は……」
そこで、すっと手を挙げたのはアレクシアだった。
「魔物討伐課の団員達のほとんどが市街に当たることになるだろうが、その中に対人魔法が使える者もある程度は市街に当たらせた方が良いだろう。もし、討伐中に一般市民と鉢合わせしてしまうような事態が起きれば、面倒だからな」
「いくら王命で外出禁止令が出ていたとしても、こっそりとその命令を破る者は一定多数いそうですからねぇ。そういう輩にはえいっと眠りの魔法でもかけて、邪魔にならないところに放り出しておきましょう。でなければ、こちらの仕事に支障をきたし兼ねないので」
ふふ、と笑いながらもウェルクエントの瞳は昏いままだ。
教団に余計な仕事が増えることを良しとしていないのだろう。彼は結構、効率主義な性格をしているので、余計な手間を省きたいに違いない。
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