祖父と孫
突然の出来事に頭が追いつかないクロイド達は目を見開いたまま、すかさず後退した。このままでは突発的に起きたこの争いに巻き込まれると判断したからだ。
これ程までに激しい戦闘が繰り広げられているというのに、その中心である二人の間に流れている空気は別物だった。
「はっはっは! 殺気が漏れていたぞ、ブレアよ! わしがもう一度、稽古を付けてやろうか?」
「相変わらず、へらへらと笑いやがって……! あんたのせいで私にどれ程、迷惑がかかったのか考えたことあるのか!? このくそ爺がぁっ!」
会話をしつつも、重い一撃がすぐさまブレアから繰り出されていく。
剣がぶつかり合い、激しい金属音が室内に響いたため、団員の中には顔を顰めながら耳を塞いでいる者もいた。
しかし、老人はブレアの攻撃をいともたやすく受け流しつつ、会話を続けた。
「可愛い孫へのちょっとした試練だ。たかが当主の座を渡したくらいだろう。そんなに短気だと早死にするぞ」
「なぁにが『たかが』、だ! あんたが余計なことをしたせいで、親族同士で決闘し合う羽目になったんだぞ! 忙しかった時期に面倒なことを寄越しやがって……!」
「だが、他の奴らに勝ったからこそ、当主として認められたのだろう? ──ブレア・ラミナ・スチュアートよ」
「当主なんか面倒な役、自ら進んでやるわけないだろう、くそ爺っ! くそっ、一撃くらい大人しく受けろ! むしろ、この世から永久に引退しろ!」
「はっはっは! わしに一撃も当てられないようではまだまだ修行が足りぬぞ、ブレアよ。書類仕事ばかりで腕が鈍ったんじゃないのか? あ、若干、前よりも太ったように──」
「うるさぁぁいっ! 一回と言わず、百回くらいくたばりやがれぇぇっ! 土に還れぇぇっ!」
激しい攻防を繰り返しつつも二人は、室内の間取りを完全に把握しているのか周囲に攻撃が及ばない範囲でやり合っているようだ。
ブレアも怒りで満ちている表情をしているが、頭の中では冷静さを欠いていないのだろう。
この間にも、非戦闘団員である情報課の団員達は攻撃が届かない部屋の奥まで避難しているようだ。中には防御の結界を張っている者もいる。
しかし、彼らでさえも何が起こっているのか分からないといった様子の者ばかりだった。
「……ミレット、この人は……」
クロイドは目の前で繰り広げられている剣戟を凝視したまま、近くに居たミレットへと訊ねる。ミレットは頭を抱えつつも、苦労が絶えないと言わんばかりに深い溜息を吐いた。
「ええ、クロイドが予想している通りの人よ。……教団の黒杖司でありながら、世界中の魔物を狩るために放浪しているベルド・スティアート。……ブレアさんの実の祖父よ」
「……」
──ベルド・スティアート。
その名前がブレアの祖父と同じものだと知っているが、想像以上に勝手気ままな性格だったことに衝撃を受けているクロイドは遠い目をしてしまう。
確かに顔立ちはブレアと重なる部分があるように見受けられる。
そして、相手を挑発する部分も似ているようだ。ブレアがアドルファス・ハワードを挑発する際の表情や調子とほぼ同じように感じられた。
だが、思っていたよりも自由を好む人柄のようで、孫であるブレアがかなり苦労していそうだなというのが第一印象である。
「スティアート家の当主は前当主によって指名された者が次の当主になる、というのが決まりなんだけれどね……。ベルドさんが指名する時、彼の息子達ではなく、孫のブレアさんに最も才能があると見出したことで当主に指名したらしいの。これが家族間に争いの種を生んでしまって、スティアート家は今もぎくしゃくしているらしいわ」
同じように遠い目をしながらミレットがスティアート家についての情報を簡単に教えてくれる。
「今も?」
「ええ、今も。そういうわけで過去の理由があるから、ブレアさんは個人的にベルドさんのことを恨んでいる……というよりも、一発殴りたくて仕方ないみたいね」
「……なるほど」
ブレアが若くしてスティアート家の当主に収まった背景には色んな出来事が重なっていそうだが、それでも苦労をしたことに間違いはないだろう。
それ故にブレアはベルドに対して、何かしらの報復をしないと気が済まないようだ。
実の祖父を目にした瞬間に後先考えずに攻撃を仕掛けているあたり、心の底から色々と思っているのだろう。本当に気苦労が多い人だ。
「だが、今の時期にスティアート黒杖司が教団に戻ってくるなんて意外だな……」
エリオスはブレアがベルドと顔を合わせればこうなるだろうと最初から予測していたのか、随分を落ち着いているようだ。
「記憶が正しければ数年ぶりの帰還のはずだ。俺が特別魔法監察官になる前に一度だけ、彼に挨拶をしたことがあるのを覚えている。……ミレット、スティアート黒杖司から事前に、帰還を示しているような便りは何か来ていたか?」
「いいえ、何も。ただ定期的に魔物討伐課宛てに、現地で討伐した魔物についての報告書ならば届いていましたが……」
エリオスの問いかけにミレットは首を振る。彼女の言葉通り、ベルドは長いこと教団を留守にしていたらしい。
「……前回、スティアート黒杖司が帰還した際にはまだ、ブレアさんは魔物討伐課に所属していたんだったな。その時は討伐任務で教団を離れていたからこそ、彼らが鉢合わせすることはなかったが……」
「まぁ、いつかはこうなるって思っていましたけれどね……。ブレアさん、ベルドさんから魔物討伐の報告書が送られて来るたびに、顔を顰めながら読んでいましたから。……多分、ベルドさんが教団から近い場所に滞在していると知れば、仕事を放棄して彼へと突撃していたでしょうね。あの人の機動力、半端ないですから。……さすが、アイリスの師匠だわ」
「そうだな……」
乾いた笑い声を上げながら、ミレットは溜息を吐いている。それに対して、エリオスはどこか遠くの地へと想いを馳せているような表情で返事を返していた。
二人とも、内心ではブレア達の争いが早く収まって欲しいと思っているに違いない。
このまま長時間、二人の剣戟が続けば情報課の団員達の仕事に支障をきたし兼ねないだろう。
だが、あの激しい剣戟に止めに入れる者など、ここにはいなかった。