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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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見知らぬ老人

 

 王宮から戻ってきたクロイド達はそのまま情報課へと急いだ。情報課には総帥のイリシオスが待っており、彼女にセド・ウィリアムズを会わせるためでもある。


 今のところ、セドから怪しい動きは見られない。本当にこちら側に協力する気があるようだが、それはあくまでも彼の野望のためだろう。


 だが、利害が一致しているからと言って、セドの全てを信用しているとは言えないクロイドは彼に気付かれないように小さな溜息を吐いた。




「──失礼するぞ」


 エリオスが情報課の扉を開く。

 情報課に所属している団員達は相変わらず忙しそうだが、外部と通じる通路を見つける前と比べれば幾分か落ち着いているように見えた。


「あ、戻ってきたのね。おかえり」


 そう言って、出迎えてくれたのはミレットだ。

 彼女も慌ただしそうに動いており、その手には何かの資料らしきものが掴まれている。


 ミレットの様子を密かに観察したが、彼女はクロイド達の後ろから入ってくるセドのことは感知出来ていないようだ。そのことに安堵しつつ、室内へと入った。


「ああ、ただいま。……まだ、色々と忙しそうだな」


「まぁね。でも、時間が空いたら仮眠でも取るわ。……エリオスさんもおかえりなさい。えーっと、二人とも昼食はまだ食べていないなら用意しますけれど、どうしますか?」


「ただいま。……そうだな、ぜひ用意してもらえるとありがたい」


「分かりました。すぐに手軽に食べられるものを用意しますね」


 ミレットが昼食の用意をしてくれるのか、どこかに向かって伝達用の紙製の魔具を発動させている間に、クロイドは周囲に気付かれないようにちらりと後ろを振り返る。


 何もない空間にはセドが居るはずだが、彼は空腹ではないのだろうか。しかし、ここで声をかけることは躊躇われた。


「……そういえば先程、エリオスさんの式魔がイリシオス総帥へと送られてきたんですが、もしかして……」


 ミレットが周囲を気にするように小声で訊ねて来たため、クロイドはこくりと頷き返す。恐らく、王宮との交渉についての話だろう。


「大丈夫だ。上手くいった」


「……はー……。良かった……」


 心底安堵したと言わんばかりにミレットは深い息を吐いた。余程、心配していたのだろう。


「それじゃあ、あとは王宮へと応援に向かわせる団員と市街で待機する団員を決めないといけないわね……」


「そうだな。……教団には負傷した団員や非戦闘団員もいるし、どれ程の人数を王宮と市街に割けばいいのか、悩みどころだな……」



「──ふむ。ならば、教団には最低限の人数だけ置いておいて、あとは王宮と市街に団員を回す、という方法をおすすめするぞ」



「え?」


 瞬間、その場に低くしわがれた声が真後ろから聞こえたため、驚いたクロイド達は一斉に振り返った。

 先程まで、自分達の後ろには見えないセド以外、誰もいなかったはずだ。


 だが、そこに立っていたのは黒茶色と白色が混じった髪色の老人だった。彼はどこか楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 老人は夏にしては暑苦しく見える程の裾の長い黒の上着、丈夫そうなブーツを履き、腰には長剣を左右に一本ずつ差している。

 その装いから、魔物を討伐する団員だということは分かるが、今まで教団内で目撃したことがなかったため、その男性が誰なのかは分からなかった。


 ただ、相手が計り知れない実力を持っていることだけは分かる。彼の視線から、ぞくりと感じ取ったものは一体何だったのだろうか。


 殺気などではないが、ただならぬ気迫を目の前の老人から感じ取り、思わず唾を飲み込んでしまう。

 顔は皺だらけだというのに、黒茶色の瞳だけは爛々と光っているように見えた。


 ……いつの間に背後に居たんだ。気配も匂いも感じ取れなかった。


 クロイドは相手から目を逸らすことなく、凝視し続ける。いや、視線も身体も動かせなかったと言った方が正しいかもしれない。


 老人とは言ったものの、背中は全く曲がっておらず、その顔付きは精悍だと言える程に凛々しく思えた。

 つまり、老いというものを全く感じさせない佇まいをしていたのである。


 老人は彼自身の隣辺りへとちらりと視線を向ける。

 セドの匂いが老人の視線の先から嗅ぎ取れたが、まさか不可視の魔法を見抜いているのだろうか。


 しかし、老人は鼻で小さく笑ってから、視線をクロイド達の方へと向き直った。


「なっ……なん、で……」


 言葉を途切れ途切れに呟いたのはミレットだ。彼女は信じられないと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべている。


 ミレットの驚き方や発言を聞く限りでは、目の前に立っている老人はこの場に居ること自体が珍しい人間なのだと察した。


 ……魔力量は多いようだが、この魔力の質は……。


 自分が知っている魔力と同じ魔力の質を持っていると気付いた時だった。


 しゅっと風を斬る音が聞こえた瞬間、老人はくいっと背中を思いっきりに後ろへと反らした。

 彼がそれまで立っていた場所には風の魔法だと思えるものが素早く通り過ぎていく。


 一体、誰が室内で魔法を使ったのかと思えば、次の瞬間、凄まじい怒号がその場に響き渡った。



「──こんっ、のぉっ! くそじじいぃぃっっ!!」



 怒号とともに一瞬で駆け抜けて来た影が火花を散らす。


 その火花が、剣同士がぶつかり合って生まれたものだと気付いた時には、老人は目にも留まらぬ速さで腰の剣を抜き、そして──剣を振りかぶってきたブレアの一撃を易々と受け止めていた。


 

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