協力の条件
上空から魔力の気配を感じたクロイド達は同時に顔を見上げる。先程、エリオスが式魔を教団本部へと送ったが、十分も経たずに向こう側からの返答が返って来たようだ。
ふわり、と白い鳥の形に模している式魔はエリオスの肩へと羽を休めるように舞い降りた。
本当に生きているように見えるので、エリオスの技術には感服するばかりである。
エリオスが白い鳥に指先を触れつつ、そこに込められた魔力を読み取ることで本部からの連絡を受け取っているが、果たしてどのような返事が返ってきたのだろうか。
「ふむ、そうか……」
返信を全て受け取ったのか、エリオスは指を軽く鳴らしてから、鳥の形に模していた式魔を元の白く細長い栞のような状態へと戻す。
それを服の下へと仕舞ってから、受け取った連絡をクロイド達へと話し始めた。
「イリシオス総帥はセドさんが教団へと協力することを了承したようです」
「そうか……」
セドはどこか安堵するように、瞼を閉じる。心の中では、もしかすると拒まれるかもしれないと想定していたのかもしれない。
「ですが、条件があります。……あなたが例の件を主導したセド・ウィリアムズだということは教団内では周知の事実です。中にはあなたのことを恨んでいる人や今も信奉している人がいるかもしれません。そのような団員達と接触すれば、面倒なことが起きるに決まっていますからね。なので、他の団員達に知られないように顔を隠すか姿を変えて欲しいとのことです。そして、協力する以上はあなたを監視する団員がずっと傍に付くことになり、総帥の指揮下に入ってもらうとのことですが、いかがでしょうか」
「ああ、それで構わない。……私はあの悪魔さえ倒すことが出来るならば、それでいい」
「……」
エリオスから提示される条件に対して、納得するようにセドは頷き返す。
全面的にこちらに協力する姿勢を見せつつも、彼は本来の目的である「混沌を望む者」を打ち倒すことだけしか考えていない。
それだけが虚ろのような彼を動かしている原動力となっているのだろう。
悪魔に復讐することだけに囚われているその姿をどこか痛ましくも思ってしまったクロイドは彼から視線を逸らした。
「それとイリシオス総帥が個人的にセドさんとの話し合いの場を設けたいと仰っていますが」
「分かった。その通りにしよう。……私としても、話さねばならぬことがあるからな」
何を話すつもりなのだろうかと気になったが、恐らく同席することは許されないだろう。
だが、イリシオス総帥を守っている周囲の者が彼女を無防備のままでセドと顔を合わせるようなことはしないはずだ。
「それでは行きましょうか。……これから行く場所はあなたにとっては皮肉にも思える場所かもしれませんけれど」
エリオスの言葉に対して肩を竦めたのはクロイドだ。何故ならば、現状で教団が外部と行き来できる通路はセントリア学園の敷地内にある古い教会址に繋げられているからだ。
そこはセドがアイリスを傷付けようとした場所であるため、エリオスはわざとそう言ったのだろう。
「私は念のために姿を消しておくが、君ならば私の匂いから辿れるだろう、クロイド・ソルモンド」
「ああ」
まるで、自分を見張っていろと言っているようにセドはそう告げてから、最初に会った時のように身体を景色へと滲ませては消えていった。
「……魔力も気配も一切、感じないな」
セドが姿だけでなく魔力も気配も完璧に消したことに感心しているのか、エリオスは誰もいなくなったその場を見つめていた。
「……声を一言でも発すれば、気付かれてしまうけれどな」
セドはそこには居ないように見えるが、彼の声だけが低く響いた。
「なるほど。……色々と聞きたいことはありますがとりあえず、置いておきましょう。今はあなたをイリシオス総帥へと会わせることを優先したいですから」
「ああ、頼む」
何もない空間に向かって喋っているのは何とも奇妙な光景に思えてしまうが、ここに高度と言える技術が詰め込まれているのはクロイドでも分かった。
さっそく、教団に向けて歩き出そうとした瞬間、クロイドは思いっきりに見えない壁に向かって激突してしまう。
「ぐっ……」
「ん……?」
目の前からセドの訝しがるような声が響き、クロイドは顔を上げる。どうやらセドの背中に接触してしまったようだが、そこには何も見えない。
鼻の頭を右手で押さえながら、クロイドは何もない空間を小さく睨んだ。
「……見えなくても、接触は出来るようだな」
「……そのようだな。出来るだけ、他人に接触されないようにこちらが気を付けよう」
「そうして欲しい」
クロイドは溜息を吐きつつ、見えないセドとの間に少し距離を取ってから再び歩き始める。
視界の端に映っているエリオスが無表情ながらに肩を震わせて笑っていたので、つい顔を顰めてしまった。
本当にこの人の笑いのつぼが分からないとクロイドは数度目となる溜息を吐き出す。
この路地からセントリア学園までの道のりはそれ程、遠くはないがその行程で再びセドへと接触しないように歩かなければと静かに神経を研ぎ澄ますことにした。




