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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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獅子

  

 だがその時、月明りが射し込んで来ていた窓を覆いつくすほどの大きな影が突如として現れて、アイリス達の視界に薄暗さをもたらした。


 アイリスと同様にクロイドも驚いたような表情のまま、ふっと上を見上げる。彼も何かが頭上にいると感じ取っているのだ。

 アイリスが声を発するよりも早く、頭上から獣のような咆哮がその場に響き渡る。


「な、何……?」


 瞬間、鈍い音が響き、それとともに天井部分が瓦礫と化した。

 ガラガラと激しい音を立てながら崩れ去る石の破片と一緒に落ちてきたのは、人の三倍の大きさがある丸みを帯びた生き物だった。


「え? ……獅子?」


 その生き物が天井を突き破るように壊したことで、月の光がアイリス達が立っている空間によく射し込むようになり、突如現れた何かの姿がはっきりと視界に映る。


 毛並みの良さそうな(たてがみ)にふさふさの長い尾、麦畑を彷彿とさせる色をした引き締まった痩躯(そうく)に、全ての生き物を圧倒するかのような瞳と牙。

 堂々としたその姿に思わず溜息が漏れるほど、佇む姿は美しくも見えた。


輝かしき獅子(グロリオン)……」


 目の前に現れた獅子の姿を見て、アイリスは思わずそう呟くが、隣のクロイドは一体何のことかと首を傾げていた。


「あの獅子、ただの魔物じゃないわ。多分、誰かの契約魔……」


 アイリスが言いかけた時、獅子は大きく咆哮し、地響きを生み出す。だが、その地響きはアイリス達に向けられたものではなかった。


 獅子の登場に怯えながら様子を見ていた信者達は、獅子の激しい咆哮によって耳を塞ぐ者もいれば、振動によって倒れる者もいた。

 どうやら獅子は前足を突き出して、大きく床を踏み鳴らし、信者達を威嚇しているようだ。つまり、この獅子は信者側ではない人間が契約しているということだろうか。


 壇上の下にいた信者達は獅子に追われるように出口の方へと逃げ出し始める。だが、彼らの中には応戦しようと魔法を使い、獅子に向けて攻撃を始める者もいた。


「っ! まずいわ……」


 信者達に向けて威嚇をしていた獅子を応戦するために、アイリスが壇上の下へと下りようとした時だ。




 この空間にある唯一の出口とされる扉が外側から大きく放たれる。瞬間、見えたのはたくさんの人影。

 その中でも一番前に立っている人物にアイリスとクロイドは顔を見合わせて小さく笑った。


 先頭にいる人影は腰に下げている剣を抜き、高々と掲げる。


「──これより違法魔法を犯した罪、魔具の無許可使用の罪、魔法の無許可使用の罪、その他もろもろの罪を犯した反教団体制に対する粛清を始める。抵抗なき者はその場で捕らえて教団へ連行せよ! 抵抗する者は気絶させてでも連れていけ! ──突撃!!」


 ブレアの号令の下、彼女の後ろに控えていた教団の部隊がそれぞれの武器を持って、建物の中へと波のように押し寄せて入って来る。


 教団によって構成された部隊の突撃に信者達は驚きを隠せず、その場に力なく座り込む者もいれば、自ら武器を持って交戦しようとする者へと分かれた。


 だが、信者達の中にはアイリス達がいる壇上の方へと逃げてくる者もいる。それを逃がすまいとアイリスとクロイドは頷き合い、壇上から飛び降りた。


「──束縛せよ(リストレクション)!」


 クロイドがすかさず束縛の呪文を唱える。八人がこちらへと逃げてきていたが、クロイドの魔法がかかったのか、そのうちの五人がその場で石のように固まり動きを止めたが、残りの三人を逃してしまう。


 だが、彼らの行先を防いだのは先程の獅子だった。低い唸り声を上げて、信者達を威嚇しているようだ。

 その隙を逃すことなくアイリスは信者三人の背後へと回り込み、急所を狙わないように注意しながら短剣の柄を彼らのうなじ辺りへと次々と叩き落し、気絶させていく。

 一方でクロイドは眠りの魔法で五人をまとめて眠らせているようだ。


 アイリスは目の前にいる獅子へと、ふと視線を向ける。自分よりも大きい身体を持っている獅子を怖いとは思えなかった。むしろ、穏やかと言っていいほど、獅子は優しい顔をして自分を見ているように思えたからだ。


 獅子がアイリスに向けて頭をそっと差し出してくる。まるで、その仕草は撫でて欲しいと言っているようだ。


「……」


 アイリスが右手をそっと伸ばし、獅子の頭を撫でようとしていると、後ろから焦ったような声が降りかかって来た。


「アイリス! クロイド! 無事か!?」


 ばっと後ろを振り返れば、ブレアが剣を片手にこちらへ向かって走ってきていた。


「ブレアさん!」


「ああ、本当に良かった。間に合ったんだな……」


 心底安堵したのかブレアは胸を撫でおろすように深く息を吐く。相当、自分の安否を心配してくれていたらしい。


 周りを軽く見渡してみると、ほとんどの信者達が教団の団員と交戦していた。魔物らしき生き物を召喚したりしているため、この場を治めるには時間がかかりそうだ。


「クロイドが先に突っ込んでいったから、どうなっていたか心配していたんだ」


「……すいません、居ても立ってもいられなくて」


「でも、クロイドが来てくれたおかげで生け贄にならずに済みました」


「そうだったのか……。本当はもっと早くに来てやりたかったんだが──っと!」


 信者の一人がブレアに向けて剣で斬りかかってきたが、ブレアは特に慌てることなく相手の剣を軽々と片手で受け止めて、左足で思いっきりその腹を蹴り飛ばす。信者はそのまま吹っ飛んで、気絶しているのか動かなくなった。


「すまないが謝罪はあとにする。今回の件の首謀者であるセド・ウィリアムズを探さなければ……」


「そういえば……。さっき、クロイドが蹴り飛ばしていたので、そこらに居ると思うんですけど」


「なに? 蹴り飛ばしただと?」


 驚きながら言葉を返し、途端にブレアは大声で笑い始めた。


「ははっ……。そいつは痛快だっただろうな」


「スティル・パトルはアイリスが気絶させていますよ。ラザリー・アゲイルも壇上にいるはずです」


「お前達って奴らは……」


 すっとブレアの表情が真面目なものとなり、突如アイリスとクロイドの肩を寄せ合うようにしながら抱きしめてきたのだ。


「ぶ、ブレアさん……?」


 包み込むように抱き寄せられたことで、ブレアの大人な女性の香りと血の匂いが一緒に混ざってくる。


「……心配した。二人とも無事で本当に良かった」


 穏やかに溢す声はどこか震えているように思えた。その心配が嬉しくて、アイリスとクロイドは破顔する。


「大丈夫です。私もクロイドもそっとやちょっとでやられたりはしません。何たって、強くてかっこいいブレア課長の部下で一番弟子ですから」


「アイリスの言う通りです。色んな任務で日々、鍛えられていますから」


 自分達はブレアにとって、弟子でもあり部下でもあり、そして彼女の子どものような存在なのだろうか。

 関係がどんな形であれ、安堵の溜息を見ることが出来るのは嬉しいことに違いない。


「ほら、まだ信者達は残っていますし、スティル達も気絶していますが、捕らえないと」


「……そうだな。よし、これが終わって、休みが被った日には、上手い飯でも食べに連れて行ってやるから。あと少しだけ、頼むぞ『(アルバ)』!」


「はいっ!」


 ブレアのいつもの調子の提案に二人は真面目に、だが少し笑いながら返事した。

           

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