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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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狭量

 

 ふっと深い息を吐いたのはエリオスだった。その溜息にどのような感情が含まれているのか定かではないが、どこか淡々とした口調で言葉を続けた。


「……とりあえず、本部にセドさんについての連絡を入れますので返事が返ってくるまでこの場で待機してもらえませんか」


 そう言って、エリオスは服の下から式魔となる細長い栞のような紙を取り出す。

 一見、普通の紙のように見えるが、これに魔力を込めることで形を変えたり、攻撃に応用出来たりするので、本当に便利である。


「さすがに俺一人では、セドさんを教団へと連れ帰ることは判断出来ないので。……ですが、本部から拒否された場合には、お連れすることは出来ませんから」


「ああ、分かった。それで構わない」


 エリオスの言葉に対して、セドは素直に返答を述べる。だが、セドはそのまま言葉を続けた。


「もし、総帥へと伝えることが出来るならば……私は『()()』を得たと伝言を頼みたい」


「……」


 セドが発したその言葉にどのような意味が含まれているのか、読み取ることが出来なかったクロイドはつい顔を顰めてしまう。


 ……今、何かを言葉に隠したようだが、聞き覚えが無い言葉だった。


 自由を得た、とは一体どういうことなのだろうか。エリオスもその意味を分からないでいるようだが、セドの伝言に対して了承したと言うように頷き返していた。


 もしかすると、自分達には分からないだけで、総帥のイリシオスには分かる言葉なのかもしれない。


 エリオスは式魔に魔力を込めてから、白い鳥を形作っていく。そして教団の内部と唯一出入りが出来る場所に向けて、鳥の形へと変わった式魔を飛ばした。


 白い影が空に向かって羽ばたいていく姿を見送ってから、クロイド達は視線をセドへと戻す。


 本当ならば早いこと教団へと戻り、夜に向けた対策を練りたいところだが、セドがこの場に居る以上、無視することは出来ない。


 すぐに本部からの返事は戻っては来ないと思うので、それまでセドを見張っているしかないだろう。


 今の彼は何をするか分からないため、目を離すわけにはいかなかった。

 セドの昏い瞳の奥には静かに、だが激しく復讐の炎が渦巻いているように見えた。


 ……あまりにも危う過ぎる。


 彼を野放しにしておいた方が、危ないのではとクロイドは考えている。だが、一度は教団を出たセドを受け入れるかは、イリシオスや本部次第だろう。


 お互いに口数が多い人間ではないので、無言の状態が続いてしまう。

 そんな空気を気まずく思ったのか、エリオスが助け船を出すように言葉を発した。


「……セドさんは魔的審査課の課長として戻ってくる気はないんですか」


 しかし、発せられた質問は想像よりも斜め上過ぎて、クロイドは小さく呻きそうになってしまった。この人は突然、何を言い出すのだろうかとクロイドはエリオスの方へと視線を向ける。


 いくら無言の状態が気まずいからと言って、その質問はどうかと思うのだが。


「ない」


 セドは一切、視線を揺らすことなく即答した。

 心からそう思っていることなのだろう、嘘を言っているようには思えなかった。


 エリオスはどこか残念そうに肩を竦める。


 恐らく、現在の魔的審査課の課長であるアドルファス・ハワードの部下として働くのは余程、苦なのだろう。

 その気持ちは激しい程に分かる。


「……そもそも、私は君にとっての従兄妹であるアイリス・ローレンスを利用しようとした身だ。……覚えていないのか?」


「もちろん、覚えていますよ」


 セドから訝しがるように告げられる問いかけに対して、飄々とした様子でエリオスは答える。その表情に含まれている感情を読むことは出来なかった。


「あの時、俺は外国での任務だったのでその場に居なかったのですが、もし自分が居たならばあなたを数発ほど殴っていたでしょうね。何せ、俺にとっては大事な妹分なので」


「……」


 さらり、とエリオスが告げたため、やはり彼は心の底ではアイリスに対して行われそうになったことを怒っていたのだと密かに察した。


「……でも、アイリスはあなたのことを恨んでなどいない」


 残念だと告げるような口調でエリオスは言葉を続ける。彼の瞳はどこか遠くを見ているように細められていた。


「あの子は優しいから、自分を傷付けようとした相手さえも許してしまう。アイリスが敏感になるのは、彼女にとっての大事な人間が傷付くことだけで、自身のことはいつも後回しにしてしまう。……そんな人間です。だからこそ、アイリスは先日のことを許してしまったのでしょうね」


「……」


 それまで、真っ直ぐこちらを見ていたセドの視線がほんの少しだけ逸らされたように見えた。やはり、過去のこととは言え、彼も多少は気まずく思っているのだろう。


「だから、俺はアイリスが許してしまった相手をそれ以上、恨むことは出来ないんですよ」


 どこか呆れているような口調でエリオスは答える。本当は心の中で滾りそうになった想いもあったはずだ。

 だが、彼はアイリスの心を優先し、セドをそれ以上、憎まないと決めたのだろう。


 ……俺とは違って、エリオスさんはセド・ウィリアムズ達のことを許しているんだな。


 アイリスには何も無かったし、過去の出来事だと言って、片付けられるならばどれ程、楽だろうか。


 だが、自分の中に宿るものがまだセド達を許せないでいるのだ。

 たとえ、彼が今、目の前に据えているものが別物だとしても。


 クロイドは自分の心は狭量だなと、口を閉じるしかなかった。

 

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