底知れぬもの
「……どうやって、混沌を望む者が教団に関わってきたことを知ったんですか」
やはり、元上司であるため、以前の上司と部下の口調が抜けないのかエリオスは仕事の内容を訊ねるようにセドへと質問する。
ハオスが教団を襲ったのは昨夜だが、団員達が教団内部から外部へと行き来が出来るようになったのは数時間前だ。
たとえ、団員達の中にセドへと情報を渡している人間がいたとしても、彼が接触してくるにはあまりにも早すぎるような気がした。
セド自身、クロイド達が疑っていることを晴らすためなのか、どこか仕方なさそうな様子で正解を告げる。
「……あの悪魔の魔力を個別に特定し、感知出来る魔法を使って追跡している」
「それは……」
教団に属する魔法使い以外は魔法を使用してはならないという規則を思いっきりに違反していることに気付いたが、クロイドは何も言わなかった。
何故ならば、特別魔法監察官であるエリオスが何も注意をしなかったからだ。
恐らく、エリオスはセドを庇っているのではない。セドが今後どのような動向を見せるのか窺っているのだろう。
普段は人をからかい、冗談を告げるのが好きなエリオスだが、性格はかなり慎重な人間なのだ。
「この魔法の範囲はイグノラント王国内だけだ。それ故に、国内で悪魔の魔力を感知すればその場所へと赴くようにしている」
「それはハオスを打ち倒すためか」
クロイドが静かに問いかけるとセドは薄っすらと笑ったような表情を浮かべる。
その笑みにどのような感情を含んでいるのかは想像出来ないが、まるで愚問だと言っているように思えた。
「混沌を望む者をこの手で消すことが出来るならば、私は……悪魔に魂を売ってでも成し遂げてみせよう」
「……」
それは宣言というよりも、絶対的な確信のようにも聞こえた。
数ヵ月前、アイリスを使ってエイレーンの魂を呼び出そうとしたあの時とは別の危うさを含んだ声色と表情には、思わず後ろへと足を下げてしまう程の威力があった。
それはまさしく殺気というべきものなのかもしれない。自分の手でハオスを殺さなければ、気が済まないのだろう。
その理由はたった一つ、ラザリー・アゲイルのために違いない。
……セド・ウィリアムズはそこまで、ラザリー・アゲイルのことを……。
ラザリー・アゲイルはアイリスを傷付けた一人だ。それでも、セドにとっては大事な姪だったのだろう。
大事な相手の仇を取ろうと必死になる気持ちはクロイドも痛い程に分かる。
だからこそ、立ち止まることは出来ないのだろう。
どんな手を使ってでも、仇討ちをするために。
「……だが、あの悪魔の気配は昨夜を境に途絶えたようだ。奴がどこに行ったか知っているならば、教えて欲しい」
その問いかけにエリオスは深く息を吐いてから、淡々とした口調で答える。
「……今はイグノラントを離れているでしょうね。昨夜以降の接触は確認出来ていないので」
目を細めつつ、エリオスは虚空を睨む。それは見えない敵を見据えているようにも見えた。
恐らくだが、ハオスは一度イグノラントから離れて、別の場所で夜を待っているに違いない。
昨晩、数えきれない程の魔物を用意していたハオスのことだ、もしかすると夜に備えて何かしらの準備をしている可能性もある。
エリオスの言葉を聞いたセドはどこか虚しいものを見るような表情を浮かべる。
今までも同じように、ハオスの気配を辿っては奴を見つけ出そうと国中を歩いていたのかもしれない。
「教団の近くにも寄ったが、どうやら出入りが出来ないようになっているみたいだな。あれは教団を守り、隠すための結界ではなく、団員達を閉じ込めるための檻となっているようだ」
「そこまで分かっているんですね」
さすが元課長だな、とエリオスはどこか納得するような溜息を吐く。
「それで俺達の後を付けていたのは、教団に出入りするための通路を見つけるためか?」
「ああ。やり方は卑怯だったかもしれないが、教団本部と連絡が取れない以上、外を出歩いている団員から通路を聞き出すしかないと思ってな。気に障ったならば謝ろう」
「……いや」
セドに謝れる方が違和感しかないため、クロイドは首を横に振ることにした。
「だが今更、教団に何の用があるんだ?」
クロイドが話題を変えるように訊ねると、セドは少し背後を窺うような素振りを見せてから答えた。
「……少しばかり、協力を願いたいと思ってな」
「協力だと?」
クロイドが顔を顰めながら訊ね返すと、セドは特に感情を宿さないまま頷き返した。
「……あの悪魔とは今回で決着を付けたい。そのためにはどんな手段も選んでいられないからな」
「……」
どういう意味だろうか。きっと、その言葉の理由を訊ねても彼は素直に答えることはないのだろう。
「……混沌を望む者を打ち倒すことが出来るならば、それは願ってもないことでしょう。ですが、奴は普通の悪魔とは違います」
諭すようにエリオスがそう告げれば、セドは目を細めてから言葉を零した。
「分かっている。……奴が普通とは違う悪魔ならば、こちらも普通とは違うやり方で攻めればいいだけだ」
「……」
ハオスを打ち倒すための秘策でもあるのか、セドは絶対的に倒すことが出来る確信を持っているように思えた。
……違和感があるように感じられたのは、セドがハオスを圧倒出来るような何かしらの力を持っているからなのか?
セドの見た目は何も変わらない。だが、その内側には底知れぬ何かが潜んでいるように感じられて、奥深くまで知りたいとは思えなかった。
恐らく、彼の底を知ろうとすればこちらが食われてしまうに違いない。そんなあやふやな恐怖が漂っているように感じられた。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
先日、とある企画に参加させて頂き、神谷吏佑さんから素敵な絵を頂きました。
「目次下」と「活動報告」に載せさせて頂いておりますので、
もし宜しければどうぞご覧下さいませ。




