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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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自分の隣

 

 ヴィオストル家の馬車に乗る前にクロイドはもう一度、アルティウスの方へと振り返った。


「では、またな」


「うん。……何度も言うけれど、気を付けてね」


「ああ、そっちもな」


 静かに交わされる言葉の中に、どれ程の感情が含まれているのかお互いに気付いているだろう。だからこそ、別れる間際まで悲痛な顔はしたくはなかった。


「また、いつか」


 会おう、とアルティウスは言葉にする。

 そこに彼が大事にしたい願いが含まれているのだろう。


 クロイドは頷き、そして──臣下のようにアルティウスに向けて、エリオスとともに深く頭を下げた。


 音を遮断する魔法によって、声は周囲に漏れていないかもしれないが、王位継承者であるアルティウス王子が個人的に見送りに来ていること自体が珍しいのだろう。


 遠くからは誰かに見られているような気配を感じたため、お互いに特別な関係ではなく、あくまでも臣下として接してもらっているという印象を周囲に与えるために頭を下げた。


 そして、暫くしてから頭を上げれば、どこか困ったような顔で口元に苦笑を浮かべているアルティウスがいた。


 線引きはされたため、お互いにこれ以上の会話は出来ない。

 アルティウスもこの後、貴族を招集した会議に参加するならば時間に余裕はないはずだ。


 それでもクロイド達が馬車に乗るまで、アルティウスはどこか寂しそうな表情を浮かべたままこちらを見つめていた。


 ……大丈夫だ。生きていれば、いつか会えるかもしれない。


 お互いにそう思っているからこそ、あまり悲観的にはならないのだろう。

 立場があるため、会うことは簡単ではないと分かっている。それでも、強く望めば会えないわけではないのだ。


 ……だから、どうか。どうか、次に会う時も元気で居て欲しい。


 馬車に乗り、扉を閉めてしまえば、お互いに世界は隔たれてしまう。それを悲しいとは決して思わない。


 自分達はお互いに持っている役割を果たすことを理解しあっている。ただ、立つ場所が同じではないだけで、目指すものは同じだ。

 それさえ分かっていれば、俯かずに済んだ。



 先に馬車に乗ったエリオスから、ユグランスが会議に参加することを伝えられているのか、御者は馬車をゆっくりと動かし始めた。


 馬車の窓に映っている景色は少しずつ移ろっていく。クロイドは窓の外を何気なく眺めつつ、目を細めた。


「……アイリスのこと、アルティウス王子に伝えなくて良かったのか?」


 ふと、エリオスが訊ねて来たため、クロイドはそちらへと顔を向ける。相変わらず、エリオスの表情からは感情が読めなかった。


「……伝えてしまえば、動揺せずにはいられないでしょう」


「……」


 自分は今も、アイリスが隣にいないことに動揺してしまっている。きっと、戻って来るまで何度も隣を確かめてしまうだろう。

 彼女が自分の傍にいなければ、心の奥で大事にしていた部分が一気に空っぽになったような気分に陥っていた。


 そして、アルティウスのことなので、クロイドの精神面を優先的に心配してくるに違いない。彼はそういう人間だ。


「今は大事な時です。心を激しく揺らすようなことを言って、アルへの負担をかけたくはありませんから」


「……そうか」


 エリオスは納得するように軽く頷いてから、短い溜息を吐く。彼もアイリスの件を悲痛に思っているはずだ。

 だが、決して表情に出すことなく、淡々とした様子に見える。誰にも覚られることなく胸の奥に秘め続けるその心の強靭さを見習いたいと思った。


 少しずつ遠い景色の一部へと馴染んでいく王宮の姿に、思い残す事は何もないと言うように視線はそのまま青く晴れ渡った空へと向けた。


 誰かにとっての日常はこれほどまでに穏やかだというのに、クロイドの心は今も激しい炎を燃やし続けていた。


「……」


 きっと、アイリスが戻って来るまで、この激しい熱が治まることはないのだろう。

 クロイドは奥歯を強く噛み締めて、窓の外の空を睨み続けた。




 ヴィオストル家に馬車が到着し、使用人であるジョシュアによって迎え入れられた。

 だが、誰かに迎え入れられたことがないクロイドは少しだけ、面映ゆい気分を味わってしまう。


「ただいま、戻りました」


「お邪魔致します」


 にこやかな笑顔でジョシュアはクロイド達へと深く頭を下げた。


「おかえりなさいませ。……教団側の提案が通ったようですね、安心致しました。そして旦那様はそのまま王宮に残られ、貴族会議に出席するというご予定が入り、帰りは迎えの馬車を寄越して欲しい──と、言ったところでしょうか」


 どうやらジョシュアは、クロイド達が王宮側へと出した提案が通されたことを把握しているらしい。

 本当に、この人は一体何者なのだろう、とクロイドは遠くを見ているような気持ちになってしまう。


「……何も話していないというのに、どうして憶測だけでそこまで分かるんですか」


「ほっほっほ。使用人たるもの、仕える主の動向や心情を先に読み取って行動するべし、でございます」


「いや、先を読み取るにしても、度が過ぎる気が……」


 しかし、いつものことなのかエリオスはそれ以上気にする素振りは見せずにジョシュアへと言葉を続ける。


「着替えた後、俺達はこのまま教団の方へと戻るつもりです。伯父さんに挨拶することなく帰ることに詫びを入れておいてくれませんか」


 さすがにこの衣装のままで教団へと戻るわけにはいかないだろう。それに借りたものは返すべきである。


「旦那様ならば、細かいことはお気になさらないと思いますが、承知致しました。……それでは衣裳部屋の方へ参りましょうか」


 ジョシュアの案内にクロイド達は付いて行く。


 久しぶりにきちんとした服を着たが、やはり普段着の方が着やすい上に動きやすいのは確かだ。そんなことを思いつつ、少々早足で歩いた。


 

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