薄暗い噂
「……ふむ。国家間の争いに発展しないように注意したいところだけれど、今のところはローレンス家だけが敵意を向けているという状況なのかな?」
「……いや、あれは敵意ではないだろう」
アルティウスからの疑問に対して、クロイドは渋いものを食べたような表情を浮かべてから溜息を吐く。
「奴らが抱いているのは敵意なんかではない。そもそも、こちらのことなんて何も考えてはいない。彼らは……自分達にとって都合の良い道具が欲しい、それだけしか考えていないだろう」
「……」
道具、という言葉に反応したのか、アルティウスの顔がすっと無表情になる。やはり、双子であるからなのか、抱く感情は同じらしい。
「ブリティオン王国のローレンス家の思惑が何なのかは定かではないが、それでも自分達以外を見下して、道具として扱っているのだけは分かる。……本当に虫唾が走るな」
「ブリティオン王国か……。表向きにはイグノラントと友好関係を築いているけれど、あまり仲は良くはないね。まぁ、周辺諸国を取り込もうとしていた時代に比べると随分と落ち着いてはいるみたいだ。……ただ、王国の上層部と魔法使いの関係は密接だって聞いたことがあるけれど、今回の件を向こうの王家は知っているのかな」
「そこまでは分からないな。……だが、王家側が黙認している可能性はあるだろう」
アルティウスの質問に答えたのはエリオスだ。エリオスは外国を飛び回る特別魔法監察官であるため、外国の様々な情報を知っているらしい。
「これは非公式とされている情報だが、ブリティオン王国の魔法使いが数年前に人体実験を行ったという情報が流れたが、それは国民に向けて発信させられることなく、闇に葬り去られたと聞いている」
「人体実験……」
思わず、先日オスクリダ島で起きたことを思い出したクロイドは顔を顰めてしまう。
あの時の惨状を今でもはっきりと覚えており、何となく血の匂いが鼻を掠めたような気がした。
「その人体実験の内容は……不老不死を得るためのものだったと聞いている」
「不老不死って……。今の時代に不老不死を求めている人が、まだいるんですね」
どこか呆れるようにアルティウスは呟く。
イグノラント王国史だけでなく、周辺諸国の王国史を学ぶ際には必ずと言っていい程、栄華を極めた国の頂点に立つものは「不老不死」を求める者が多いという。
富と名声、国、そして永遠の命──。
手に入らないと分かっているからこそ、人は無限にも欲しがってしまうのだろうか。その欲深さはある意味、妄執のようなものなのかもしれない。
結局のところ、人が最後に恐れるのは「死」なのだろう。
「その実験を密かに進めるようにと促したのは、現王家だと聞いている。もちろん、その実験は失敗し、王家に連なる人間が亡くなったらしい」
「……自分自身で不老不死の実験を行ったということか」
クロイドの呟きに答えるようにエリオスは頷き返す。
「そういうことだ。……まぁ、表向きには病死として片付けられたらしいが、ブリティオン王国の王家の人間だけでなく、貴族までもが組織の魔法使い達と密接な関係を築いていることは間違いないだろう」
だが、とエリオスは言葉を続ける。
「今回の件はイグノラント王国の国民までも巻き込んでいる。それを踏まえて、ブリティオン王国の王家側はローレンス家の行いを黙認しているのかもしれない。安易に手を出そうとすれば、返り討ちにされるだろう。……あの家には色々と薄暗い噂が多いからな」
「薄暗い噂、ですか」
ブリティオン王国のローレンス家のことは全く知らなかったようで、アルティウスは中央に眉を寄せながら訊ね返す。
「向こうのローレンス家がアイリスに接触してきたと知って、色々と調べてみたんだが……。あの家に歯向かった者は誰一人として生きていない、と噂が流れているようだ。そのため、偵察でブリティオン王国に潜入していた他国の魔法使い達は国から引き上げたと聞いている。余程、『ローレンス家』は恐ろしい存在として認識されているのだろう」
「……」
その場には沈黙が流れていく。先日、セリフィアが起こした惨殺を見たあとでは、エリオスの言葉に強く納得してしまう自分がいた。
「まぁ、だからこそ、イグノラント王国側からブリティオン王国の王家にローレンス家を諫めるように忠告しても無駄だろうな。……向こうのローレンス家は命に対して躊躇うことはないだろう。それが分かっているならば、王家も黙認してしまうかもしれない」
「……まるで数百年前の地獄が逆転しているようだね」
「魔女狩り、のことか」
アルティウスの言葉に対してクロイドは呟きを返す。アルティウスはこくり、と頷き返してから言葉を続けた。
「イグノラント王国は建国当初から、魔力を持つ者を絶対に迫害しないという方針を取っていたから、周辺の国から見れば奇異な存在だっただろうね。まぁ、全ての教会の頂点に立つ教皇からの許しがあったからこそ、他国から強く責められることはなかったけれど。……でも、イグノラントとは違う方針を進めていた他国では魔女狩りが頻繁に行われていたと聞いているから、その国でもし……数百年前とは打って変わるように、迫害されていた魔法使いが力を持ち、国を揺るがすような大きな存在になってしまったら……」
そこでアルティウスは言葉を紡ぐことを止めたのか、ごくりと唾を飲み込んだ。
「魔法使いによる国の統治、か。……戦争に魔法を使用し、他国を侵略するような状況になったら悲惨なことになるだろうな」
心の底から面倒だと思っているのか、エリオスは深く息を吐く。
魔法が表舞台に出てきてしまえば、世界は混乱し、やがて力を持つ者に対する偏見と迫害が始まってしまうことは安易に想像出来た。
だからこそ、力は隠さなければならないのだ。
人はそれを過去の歴史から学んだはずなのに、表舞台に台頭しようとしているならば愚かとしか言いようがない。
「まぁ、今のところはブリティオン王国の王家もある程度は正常に働いているようだ。だが、魔法使いがどれ程までに政治に食い込んできているのかは分からない。もし、ブリティオン王国から不可解な接触があった場合には、迷わずにヴィオストル家に伝えて欲しい。教団はいつでもイグノラント王国を支える影となろう」
迷うことなくエリオスが言い放った言葉にアルティウスは一瞬だけ、瞳を丸くして、それからどこか困ったような笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます。もし、そのような場合が訪れたならば、頼らせて頂きますね。ですが、それ以前に魔法使いによる戦争など、愚かなことを起こさないためにも、国は尽力しなければなりませんね。……魔力持ちも魔力無しも誰もが幸せに暮らせる、そんな場所を作るためにこの国は生まれたのですから」
静かに言葉を発するアルティウスの横顔は、毅然とした国王のものと重なって見えた。
穏やかに告げているように思われるが、それでもアルティウスの言葉には国を導く王家の者として、一般市民だけでなく教団の団員を含んだ全ての国民を守るという強い意思が宿っているように思えた。
勢いで、「白銀の獅子はお昼寝令嬢を溺愛中」というお話を新しく連載し始めました。
もし興味がある方がいらっしゃるならば、よろしければどうぞなのです。




