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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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敵意の確認

 

「──帰りは私に見送らせて下さい」


 この場から退出しようとしていたところ、囁くように呼びかけられた声にクロイドは立ち止まる。

 振り返れば、そこに立っていたのは穏やかな表情を浮かべるアルティウス王子がいた。


「しかし、アルティウス王子……」


 アルティウス王子に侍従として仕えているのか、二十代くらいの男性が静かに制したが効果はないようだ。

 有無を言わせぬ笑顔をにこりと浮かべて、アルティウス王子は首を横に振る。


「せっかくの機会です。教団の方々に聞いてみたいと思っていた話があったので。……ああ、護衛は必要ありません。議会が始まるまでには戻ってきますから」


「……分かりました」


 アルティウス王子の笑顔に圧されたのか、侍従は額に汗をうっすらと浮かせながら下がっていく。

 クロイドの記憶の中では、弟が人に圧をかけるような場面を見たことはなかったため、意外に思ってしまった程だ。


 謁見の間から人気がなくなったことを確認してから、アルティウス王子は「アルティウス」としてクロイド達へと近づいてくる。


「また会えたね、ロディ」


 それまで王子らしい表情を浮かべていたアルティウスだが、クロイドを目の前にすると甘えている弟のような表情へと切り替えて、囁くように声をかけてきた。


「……アル。今は周囲に誰もいないから良いが、不用意に名前を呼ばない方が良いと思うぞ」


 クロイドが兄らしく窘めるとアルティウスはどこか嬉しそうに笑みを浮かべてから頷き返す。恐らく、彼は分かっていて自分に話しかけてきたのだろう。


 アルティウスはクロイドから視線をエリオスへと移して、にこりと笑う。そこには素の笑顔があった。


「……そちらはエリオス・ヴィオストルさん、でしたね。初めまして、アルティウス・ソル・フォルモンドです。今は公式の場ではないので、口調は崩して下さいね」


 アルティウスからの言葉にエリオスは少し迷っていたようだが、どこか諦めたように頷き返す。


「分かった。……俺はエリオス・ヴィオストル。ユグランス・ヴィオストルの甥だ」


 アルティウスが握手を求めたため、エリオスもそれに応える。


「……やはり間近で見ると、似ているんだな」


 エリオスはあえて名前を伏せてから呟く。今、クロイドは姿を少し変えているが、アルティウスの隣に並べば、お互いに似ているのが分かってしまうようだ。


 だが、アルティウスにはその一言だけで伝わったようで、どこか嬉しそうに笑みを返してから頷いた。


「さて、歩きながらで良いので、少しだけ話をさせて頂きましょうか」


 いつまでも謁見の間に居ては周囲から不審を抱かれると思ったのか、アルティウスはクロイド達に歩くように促してきた。

 そして、二人だけに聞こえるような小声で囁いてくる。


「周囲から聞き耳を立てられないように、音を遮断させる魔法はありますか」


 その問いかけにエリオスは頷き返し、すぐさま周囲に音を漏らさないようにと遮断の魔法をかけ始める。

 これでクロイド達の会話は他の者に漏れ聞こえることはないだろう。


 完全に周囲に声が漏れないことを確認したアルティウスは表情だけは王子らしく振舞っているが、口調は親しいものに変わっていた。


「まさか教団からの使者としてロディが来るなんて、驚いたよ。僕としてはまた君に会えて嬉しいけれどね」


 アルティウスの口調や態度が丸ごと変わったことに気付いたのか、表情には出ていないがエリオスは少し驚いているようだ。


「……でも、君がわざわざ姿を偽ってまで王宮に赴いたということは、それほどまでに緊迫した状況が迫って来ているんだろう」


「……ああ」


 すっと表情を王子のものへと変えるアルティウスに対して、クロイドは深く頷き返す。


 昔からアルティウスは頭の回転が速く、そして己が持つ情報から分析し、物事の先を視る人間だった。

 それ故に、今回の件についての事の大きさをすでに理解しているのだろう。


「先程、謁見の際に説明した通りだ。……教団を襲った悪魔が団員と市民、そして王宮を人質に取っている。取引として教団の総帥の血を求めているようだが、それを渡せば今以上の最悪が待っているかもしれない」


 クロイドが顔を顰めながら答えるとアルティウスは口元に手を当てつつ、悩ましげな表情を浮かべた。


「僕は悪魔や魔法に関しては素人だし、魔物に関しては知識で知っているくらいだ。だが、魔法を専門にしている団員が悪魔の魔法に囚われているとなると、相当の手練れなんだろうね」


「普通の悪魔とは違うようだ。……ここだけの話だが、悪魔はとある魔具を体内に埋め込んでいて、その魔具を通してブリティオン王国の魔法使い達から無理矢理に魔力を供給しているらしい」


「……それはブリティオン王国の魔法使い達が自らの意思で行っていることかい?」


 同意の上で行っているのか訊ねてくるのは、恐らくブリティオン王国の魔法使い達がイグノラント王国に敵意があるのか確かめたいからだろう。

 クロイドはアルティウスからの問いかけに静かに首を横に振り返す。


「いや、悪魔とその契約者であるブリティオン王国のローレンス家の独断によるものだ」


 先日、ブリティオン王国の魔法使い達と教団は話し合いを行ったが、その際に聞いた情報によれば今回の件は全てローレンス家の独断によるものだと訴えていたらしい。


 その後、ブリティオン王国からやってきていた魔法使い達は、エレディテル・ローレンスに姿を変えていたセリフィア・ローレンスによって、その場で殺されたと聞いている。


 こちら側から得られる情報は少ないが、恐らくブリティオン王国内の魔法使い達の間で何か揉め事が起きているだろう、というのが教団側の見解である。


 そのため、悪魔「混沌を望む者(ハオスペランサ)」に魔力を強制的に供給することになっている魔法使い達は必ずしも、教団と敵対している人間ではないと考えていた。

 

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