繋がれたもの
国王から返ってきた、「団員の意思を尊重する」という言葉の中に、こちらの提案が承諾されたことを受け取ったユグランスはクロイド達にしか聞き取れない程の音で息を吐いた。
この場に居る者の中には内心では、王命を発令することに納得していない者もいるのだろう。
だが、時間と策がこれ以上ないならば、教団側の提案を受け入れる方が、比較的に被害は少なくなると判断したに違いない。
表向きには教団側が大きな負担を強いられる提案となっている。
一般市民の間には多少、混乱を招くことになるだろうが、それでも大きな被害を出すわけにはいかないため、人命が優先されるべきだ。
「……フェルグラン宰相、王命の手続きを。同時に教団の団員達を王宮へと迎え入れる態勢を整える。……また議会は一時間後に開き、正式な王命の発令は二時間後を予定とする。すぐに王命を発令出来るように準備だけは先に進めておいてくれ」
「かしこまりました」
国王の言葉に宰相が深く頷き返す。
宰相も国王と同じ意見を抱いているようで、表情に戸惑いを見せることなく、すぐに王命を発令するための準備に取り掛かるべく、彼に付き従っている者にいくつかの命令を出していた。
議会で貴族達に向けた説明をするつもりだろうが、貴族達の間からは不満の声も上がるだろう。
だが、王命の発令の準備をすぐに始めるということは、議会では説明をするだけで発令を強行するつもりだと気付いた。
余計な時間をかけることなく、己の意思で判断すれば国王に圧し掛かる責任は相当なものであるはずだ。
それでも、国王は自身に降りかかる責任を恐れることなく淡々とした口調で告げていた。それは恐らく、優先するべきものをしっかりと見据えているからだろう。
「今後、教団と何度も連絡を取ることになるだろう。その際にヴィオストル卿を介そうと思っているのだが、それで宜しいだろうか」
「承知致しました」
宰相からの問いかけにユグランスは恭しく答える。
元々、ヴィオストル家の役割は教団と王宮を繋ぐ架け橋だが、そのことを知っているのは王宮の中でも一握りの人間だけなのだろう。
教団と王宮が直接的に連絡を取り合うことはないが、それでもヴィオストル家という関門があることで、お互いに支障がなくやり取りが出来るはずだ。
それは言わば、緩衝材のようなものだ。
間に立つ者はお互いの目線を理解することが出来る上に、なおかつ冷静でいられる者でなければならない。
そのような役割になることを自ら選んだ、当時のヴィオストル家当主の判断は間違いではなかっただろう。
そこに己を律して、自己犠牲のような心があったのだとしても、当時の教団と王宮の現状を見て、判断した際の冷静さには感服するばかりだ。
そこで、謁見の終了を告げる宰相の声がその場に響く。
そして、玉座に座っていた国王はゆっくりと立ち上がり、再びその碧眼にクロイド達を映した。
「……」
視線が、重なった。そう思える程に国王は自分を見ていた。
気付かれただろうか、自分が「クロディウス」だったことに。
だが、今の自分は容姿も瞳の色も変えている。表向きには亡くなったとされている息子の面影を彼は果たして覚えているだろうか。
国王は何度か、声を発しようとしていたが、紡ぐはずだった言葉を噤み、静かに告げる。
「……ともに夜が明けることを願い、それぞれの役割を全うして欲しい。……私からはそれだけだ」
それは一体、誰に向けられた言葉で、本当は何を告げようとしていたのだろうか。国王はその一言を告げてから、護衛と共にその場から去っていく。
その後ろ姿をクロイドはどこか安堵するような、だが何故か複雑な気持ちを抱きつつ眺めていた。
……これで、もう……。
会うことは、ないのかもしれない。だが、十分だ。
以前はアルティウス王子の姿で国王と言葉を交わしたが、今回は「嘆きの夜明け団のクロイド・ソルモンド」として話すことが出来た。
それだけで満足だった。確かにクロディウス・ソル・フォルモンドはもういない存在とされている。
だからこそ、「クロイド・ソルモンド」として国王と言葉を交わすことが出来て、内心は嬉しく思ってしまったのかもしれない。
心のどこかでは今も、親と子の繋がりを求めてしまっていたと気付いたクロイドは己に自嘲しそうになったが、途中で笑うことを止めた。
何故か、目の奥が熱くなってしまったからだ。
クロイドはぐっと何かに堪えるように、喉の奥へと飲み込んだ。
まだ、終わってはいない。
これは長い夜の始まりだ。
王宮と教団を繋ぐことは出来た。あとは、繋いだ後の役割を待つ者達の出番だろう。
クロイドは周囲に気付かれないように、短く息を吐き、国王の足音が遠のいたのを確認してから立ち上がった。
問題は一つ、片付いたため、次に進めるべきことを頭の中で考えていると、王宮側の人間と話していたユグランスがクロイド達へと振り返った。
「私はこの後に控えている議会にそのまま出席し、先程の謁見で説明した話を他の貴族にも伝えるつもりだ。帰りはこちらからヴィオストル家の屋敷へと連絡を入れて迎えを寄越させるから、二人は乗って来た馬車を使って先に帰っていると良い」
ユグランスの頭の中ではすでに今後の予定が組まれているらしい。
王宮関連のことならば、自分達が出る幕はないだろう。クロイドとエリオスはすぐに頷き返した。
「分かった。俺も教団の方に、王宮側が提案を受け入れてくれたことを伝えておくよ」
「ああ、頼んだぞ。……クロイド、ここで別れることになるが、次にヴィオストル家を訪れる際にはアイリスも連れて来ると良い。我がヴィオストル家はいつでも歓迎している、と伝えておいてくれ」
「分かりました。……ユグランスさん、お世話になりました」
クロイドが深く頭を下げると、ユグランスは一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑みを零した。
そして、クロイドの頭を軽く、ぽんっと叩いてからどこかもう一人の父のようなそんな表情を浮かべて背を向けたが、その背中は何度見ても大きく見えていた。
ユグランスは宰相の部下と思われる者達と今後についての話をしながら、謁見の間から出て行った。
いつの間にか、王宮魔法使いの姿も謁見の間から消えていた。魔法で姿を消したのか、それとも国王達とともに出て行ったのかもしれない。
正直に言って、これ以上絡まれたくはないと思っていたので、王宮魔法使いがその場からいなくなって安堵しているが決して表情には出さなかった。