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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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揺るがぬ誇り

 

「お言葉ですが」


 静かに、だがはっきりとその場に響く声でエリオスは言葉を返す。一瞬にして、全ての視線をさらうような声音に、誰もが耳を向けた。


 クロイドも他の者と同じようにエリオスへと視線を向ける。そこには凛とした表情のエリオスが居て、その横顔がアイリスと重なって見えた。


 アイリスが何かを強く決意して、言葉を発する時、彼女は目を逸らさずにいつも真っすぐに視線を向けてくる。

 その表情とエリオスが今、浮かべている表情が同じもののように見えたのだ。


「我々は誰からも認められ、褒め称えられるような正義の味方になるために教団に属しているわけではありません」


「……」


 ぐっと心臓を掴まれるように、エリオスの言葉が胸の奥に響く。


「守りたいものを守るために。守るべきものを守るために。……その意思こそが、教団の礎となっています」


 淀むことなく言葉を続けるエリオスの横顔を眺めながら、クロイドは思わず目を細めていた。


 ……ああ、同じだ。


 姿は違うというのに、声も心も魂さえも何もかもが違うというのに。

 それでも、アイリスとエリオスの意思は同じだった。


 アイリスも守りたいものを守るために強くなりたいと言っていた。


 それはかつて、彼女が大切にしていたものを目の前で全て奪われたからだ。だからこそ、守り切るために力を得たいと願っていた。


 守りたいものを守るために。

 守るべきものを守るために。


 そして、その想いはアイリスだけが抱いているものではない。誰もが密かに、だが激しく心に抱いているものだ。

 自分だって、同じ想いを抱いている。


 クロイドは思わず、歯の奥を強く噛みながら何かに堪えるように、吐き出しそうになっていたものを飲み込んだ。


 アイリスが守りたいものは自分だったと知っているからこそ、自責してしまいそうになる感情を抑えなければならない。

 アイリスの想いが、強い意思が通ったからこそ、自分は今、ここに居るのだから。


 だが、その揺るぎない意思をとても尊いと思う一方で、儚いものだとも思った。


「たとえ、誰かに疎まれ、認められなくても──それでも我々は、『嘆きの夜明け団』は魔力持ちも魔力無しもその境目に関係なく、誰かの嘆きに夜明けを与えるために、国家の影として動くまでです」


 欲しいのは賛辞でも罵倒でもない。ただ、誰しも安穏が欲しいだけだ。


 それでもこの世には必ず、「嘆き」が生まれてしまう。その嘆きに終わりを迎えるために、止まることは許されない。


 誰かが嘆く夜が明ける日が来るまで、進み続けなければならない。それこそが、かつて教団を創った者達から受け継がれた意思だ。


「私は、自分の意思で教団に身を置いています。……そのことを誇りに思っているのです。だからこそ、他の誰かの価値観に当てはまるために、自らの力を振るいたいとは思いません」


 思わず、はっとしてしまうような言葉にクロイドは目を見開く。


 誰かの価値観に当てはまるために。それは「王子」をやっていた自分が抱いていたものだと思ったからだ。


 認めてもらうために、自分を「見て」もらうために。

 誰かの価値観に自分自身をあてはめなければならない。


 それがどれ程、己の心を縛るものなのか、自分は知っている。

 だからこそ、自分が選んだものほど尊く、そして何よりも重いのだ。


「国王陛下。どうか、我々に役目を。……守り切るための誇りをお与え下さい」


「……」


 空気が張り詰めた中に響く声は、一切の迷いは含まれてはいなかった。


 しかし、誰かの呼吸する音さえも、無理に止められたような空間を最初に引き裂いたのは国王の声だった。


「……私にとって、教団の団員も守られるべき国民に変わりはない」


 浮かべている表情にはっきりとした色は宿っていないというのに、彼の碧眼には何かを憂いるような色が浮かんでいた。


「魔物と対峙することは命の危険が伴うものだと聞いている。……だが、立ち向かうことこそがそなた達の役目であり、誇りだと言うならば……私はそれを尊重したいと思っている」


 その時、クロイドは国王が抱く気持ちを何となく察していた。


 ……この人は教団の団員が、魔物と対峙する際にそれぞれの肩に生死が背負われることを理解している。


 理解しているからこそ、本当は心苦しく思っているのだろう。

 それでも彼は国王だ。


 この国のためを思い、国民を思い、心を尽くさなければならない存在で正しく導く者だ。


 迷うことは許されない。私情が伴うことは許されない。弱みを見せず、毅然としていなければならない。


 ……ある意味、最も辛い立場と言えるだろうな。


 複雑な心境を抱きつつ、クロイドは国王を見ながら小さく唇を噛んだ。

 自分の感情を強く訴えることも出来ないのはどうにもならない程に苦しいものだ。


 国王や王子、という身分があればそれは尚更だ。課せられるものは並大抵の重さではない。──そして、自分はその課せられるものから逃げてしまった。


 心が弱いことを言い訳にすることも出来ず、自分の意思を押し通すことも出来ない。

 そんな立場である自身の父をクロイドは目を少しだけ細めながら見上げる。


 ……変わらない。あの人はいつも正しく、真っ直ぐだった。真っすぐで、弱みを見せるような人ではなかった。自分にも他人にも甘えを許さない人だった。それを自分は恐れていた。けれど……。


 けれども、自分が小さい頃から抱いていた気持ちだって、変わらない。「国王」として立ち続ける父を眩しく思わずにはいられなかった。


 強くて、立派で、眩しくて。


 曲げることなく背を伸ばし、他の者に揺るぎを見せることのない父を心から尊敬せずにはいられなかった。


 

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