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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
720/782

組み込まれた存在

 

 エリオスの言葉を耳に入れて、少し思案する素振りを見せてから国王は言葉を返す。


「……情報操作をするにしても、市民の間には少なからず混乱がもたらされるだろう」


 国王はそのまま、碧眼を細めてからエリオスを静かに見据える。確かに王命が発令されたとしても、全ての人間が納得するとは限らない。


「もし仮に、そちらが提示してきた案を受けられないと答えるならば、どのように対処するつもりだ」


「……」


 だが、エリオスは国王から直に問いかけられても、動揺を一切見せることはなかった。


 この質問は想定内だ。だからこそ、エリオスはまるで最初から答えを用意していたように、言葉を返し始める。


「ロディアートに住まう市民全てを一斉に、魔法で眠らせます」


「……!」


 誰かがはっと息を飲みこんだような音を漏らした。恐らく、そのようなことが実際に可能なのかと発言したいのをぐっと堪えているのだろう。


「元々、こちらの案が通るならば、夜の二十三時頃に全ての市民に睡眠魔法をかけるつもりでしたが、その時間が少しばかり早まるだけでしょう。街中を歩く人間全てを守り切ることは出来ませんので」


 さらりと言っているが、ロディアートに住んでいる市民全てを魔法で眠らせるなど、並大抵のことではない。


 理論的には魔法で多くの人間を一度に眠らせることは出来るだろう。

 だが恐らく、事前に街中に魔法を円滑に発動させるための魔具を設置し、それを媒体にしながら一気に睡眠を促す魔法を発動させるつもりだ。


 魔具によって、魔法の発動を補助しなければ、魔力が多い魔法使いが居たとしても、市民全員を眠らせることは難しいだろう。


「夜の二十一時頃に睡眠を促す魔法を発動させ、眠った市民を安全な場所へと移動させてから、夜が明けるまで結界の中で守る、という案です。……こちらの場合だとかなり時間と人手が必要となるので、推奨はできませんが」


 夜と言っても、街中を出歩く人間はいるだろう。そのような人間を魔法で眠らせて、安全な場所まで運ぶのは中々の重労働だ。

 だからこそ、市民自らの意思で自宅に籠って欲しいのがこちらの願望だ。その方が教団としては、手間がかからないので大助かりである。


「……他の案はあるのか」


 低い声色で国王は更に問いかけてくる。


 その問いかけに答える前にエリオスからは小さな吐息のようなものが零れ聞こえた気がした。


 彼の溜息はクロイド達だけにしか聞き取れない程に細やかなもので、エリオスにとってはあまり好ましい案ではないことは、クロイドもユグランスも分かっていた。


「……魔物を一か所へと集中的に誘き寄せる魔具を使用します。人気のない場所へと誘き寄せて、一気に討伐する方法です」


 ですが、とエリオスは言葉を続けた。


「この方法は最も推奨出来ない案となっております。魔物を誘き寄せる範囲はどれ程までに効果があるのか、はっきりと判明していないからです。そして、この魔具は……普段は使用を禁じられているものであるため、使用するにあたって様々な制約が必要となるのです。また、魔具を保持していなければならない者が必然的に囮と言った形になってしまう点についても欠点と言えるでしょう」


「ふむ……」


 クロイド自身、魔物を誘き寄せる魔具を実際に目にしたことはないが、その魔具が実在していることならば知っている。

 もちろん、その魔具の原材料がどのようなもので作られているのかは知らないが。


 その魔具を持っているだけで、魔物が自然と寄って来るらしいが、引き寄せられる魔物の数や効果のある範囲はどれ程のものなのかは定かではない。

 ハオスがどの範囲に魔物を放つのか分かっていない以上、一か所だけに集中的に魔物を集めても、他の場所が手薄になってしまえば奴の思うつぼだ。


 それまで、難しい顔をしていた国王はどこか憂いているような表情を浮かべてから、視線をエリオスから大きな窓の外へと向ける。


「……人の噂というものは、尾ひれが付き、やがて悪意が含まれて行くものだ」


「……」


 何かを思い出すような表情にも見えて、クロイドはじっと実父の顔をつい見てしまう。


「たとえ、真に正しい者が真実を主張しても、伝わる話は捻じ曲げられてしまうことだってある。正しく守ろうとしても、守られた方が正しく気持ちを受け取らない場合だってあるだろう」


 一瞬、国王の言葉がこの場に居る人間ではない誰かに向けられているような気がした。


「たとえ、そなた達が必死に守ったとしても、守られた者達はそなた達の存在を認識することも感謝することもない。ただ、混乱を起こした原因として認識され、陰ながら悪態を吐かれるだけかもしれない」


 それでもいいのか、と問いかけるように国王は言葉を零す。

 まるで、教団に向けられるかもしれない陰ながらの批判に耐えられるのかと、心配しているような口調にも聞こえた。


 表舞台の裏では危険と隣り合わせながらに魔物を狩っていたとしても、誰も感謝することはない。

 それが正しいことで、望まれるべきことだ。


 表向きには隠されている教団の存在は国家の陰となるものだ。

 それは魔法使いという存在を表に出さずに、守るためでもある。


 二度と魔女狩りのような愚かな惨劇が行われないように。

 魔力持ちと魔力無し(ウィザウト)が、ともに手を取り合って笑える世界が来るように。


 そんな願いを込められて創られたのが教団だ。


 だからこそ、これから教団側が行おうとしていることを実施して市民の間に混乱が生まれ、混乱の原因を責め立てられても、仕方がないと納得するしかないのだ。


 自分達は正義の味方でも、悪役でも、陰の立役者でもない。


「嘆きの夜明け団」という存在は、すでに国民の日常に組み込まれている必要的な組織だ。

 必要だからこそ、行う。それだけなのだ。

 

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