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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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背中

   

 アイリスはしゅっと短剣を横に軽く薙いだ。風を斬る音の心地良さに耳を傾けながら、アイリスは背中をクロイドへと預ける。

 お互いにお互いの背中を守るように寄り添いつつも、敵に隙を見せないように注意深く、その場を見渡した。


「本当は気が済むまで殴り飛ばしてやりたい気分だけれど、この後ブレアさん達が来るなら、彼らを捕らえて色々と吐かせるかもしれないわね」


「そうだな。……怪我だけはするなよ?」


「あら。窓をぶち破ってきた人に言われたくはないわね」


 場に合わないほど明るく笑うアイリスの声に、クロイドも背中越しに笑う気配がした。


「とりあえず、相手を気絶させるのが最優先ってことで」


「分かった」


 だが、ふと怒気が混じった気配を感じ、すぐさまその方向を見ると先程クロイドによって攻撃を受けたスティルが怒りを露わにしながら、自分の右手を押えつつ、ふらふらと立ち上がっていた。

 血は出ていないようだが、魔犬化したクロイドに噛み付かれたところがまだ痛むのだろう。


「この野郎……! よくも……」


 吐き出される言葉と鋭い視線は敵意となり、明らかにクロイドに向けられていた。


 スティルの得意魔法は降霊だ。アイリスが手にしている短剣は儀式用のものらしいが、もしスティルが降霊魔法によって何かしらの霊体を出現させても、その霊体に剣による攻撃が効くかは分からない。


「お前のせいで……めちゃくちゃだ。……よし、エイレーンへの最初の供物はお前の魂にしよう」


 どこかネジが外れてしまったおもちゃのように、スティルは不気味な笑い声を上げる。


 どうして、そこまでしてエイレーンを「神」のように崇めて信仰しているのかが理解できないアイリスは深く眉を寄せる。


「ほう。それなら、やってみるがいい」


 まるで挑発するかのようにクロイドが冷めた瞳でスティルを見下ろす。


 クロイドに向けられる冷めた視線と言葉で頭に血が上ったのか、スティルは顔を真っ赤にして、左手をクロイドへとかざした。

 魔力が込められているのか、彼がはめている魔具の腕輪が青白く光る。


「──来たれ! 我こそは、その魂を握るもの! 我が名のもとに、その姿を示し、令を遂行せよ!」


 スティルが発したのは以前、ラザリーが唱えていた呪文よりも、更に呪縛の強い魔法の呪文だった。

 完全にその魂を自由を縛って、与えられた命令を遂行するまで、自分の意思で死ぬことも消えることも許されない魔法だ。


「なんて、酷いことを……」


 スティルの足元には瞬時に魔法陣が現れ、そこから人か獣かよくわからない形をした影が手らしきものを伸ばしながら這うように出て来た。


 スティルによって召喚されたものは形ははっきりしていないが黒い毛がただれたような魔物だった。

 吐く息が濁っているように見えるが、もしかすると地獄に近い場所から召喚した魂かもしれない。


 この状況で唯一、分かることは目の前に出現した魔物が半透明だということだ。目に見えるものとは言え、やはり魂であるため、普通の剣で斬ることが出来ないものらしい。


 ……厄介だわ。


 ミレットから貰った「清浄なる牙」はここにはない。あの剣があれば、祓魔課の者が扱っている対霊の魔法が使えなくても、刃を触れさせることで浄化と除霊が出来るのだ。


「そいつの頭以外を食っちまえ!」


 スティルの号令のもと、召喚された霊体の魔物がクロイドへと向かって、周りの空気を淀ませながら突進してくる。


「ク……」


 思わず名前を呼ぼうとした瞬間、すぐさまクロイドはアイリスの前へと守るように立ちふさがり、そして静かに右手を真っすぐと水平に伸ばす。


「──静寂なる束縛(シレンストリクション)


 クロイドは一つの呪文を呟き、魔犬化した右手を牙を剥けて来る魔物へとかざして、躊躇うことなく魔法を放ったのである。


「っ!?」


 霊体の魔物はクロイドに襲い掛かろうと手を伸ばした状態のままで突如、石のように固まった。

 その光景に驚いたのはアイリスだけではない。霊体の魔物を召喚したスティルも驚いた表情で動けないでいた。


「俺が何も用意していないと思ったか」


 低い声で吐き捨てるように言葉を発したクロイドの瞳は獣のように鋭くなっていた。しかし、アイリスの方へとちらりと視線を向けるとスティルに聞こえない程度に声量を下げて小さく呟いて来る。


「……ここに来る前にハルージャから霊体に対する魔法を少しだけ習ってきた」


「ハルージャに?」


 ハルージャはクロイドの事を少し苦手なように意識していると思っていたが、乞われたことで渋々教えてくれたのだろうか。

 だが、少し魔法を習っただけですぐに使いこなせるようになるとはさすがと言ったところか。


「霊体は俺に任せてくれ。アイリスは人間の方を頼む」


「それは……手加減をするしかないようね」


 クロイドは再び霊体の魔物の方へと向き直る。

 魔物は何とかして動こうと身体を震わせていたが、クロイドの魔法の威力の方が強いのか、それから一歩も先に動くことが出来ずにいた。


「……聖なる光は雷となり、いま、ここに祈りの炎を。──雷の怒りエクレール・シャルーア!」


 クロイドは畳み掛けるように霊体に効く魔法の呪文をすぐさま放つ。アイリス達の頭上には何もなかったはずなのに、突如として現れた淀みから稲妻のような青い線が霊体の魔物の身体に何本も突き刺すように降り注ぐ。


 断末魔の叫びがその場へと響き渡り、(いかづち)によって魔物は一瞬にして灰のような物体となって姿を消していった。


「そんな馬鹿な……」


 召喚した駒が跡形もなく消え去ったことで、放心するスティルに生まれた隙をアイリスは見逃さなかった。アイリスは裸足のまま床を強く蹴って、風を斬るようにスティルに向かって突撃する。


「っ!」


 一気に間合いを詰めて迫りくるアイリスに対して反応が遅れたスティルは再び魔法を放つために左手をかざそうとしたが、間に合うことはなかった。

 アイリスは左足で床を思い切り蹴り上げて、狙いを定めた右足を躊躇することなくスティルに向けて弧を描くように回し蹴りする。


「がっ……」


 アイリスの右足は見事にスティルの左手を薙ぐように蹴り落とし、スティルの体勢を大きく崩した。


 だが、それで終わらないのがアイリスだ。

 そのまま蹴られた反動で身体が横に飛ばされそうになるスティルの後ろへと素早く回り込んで、うなじ辺りを持っていた短剣の柄を使って、思い切りに殴るように叩く。


「っ……」


 アイリスの二回に渡る攻撃によってスティルはうめき声を上げながらその場へと崩れ落ちた。瞳は完全に閉じており、その表情は苦いものを食べたように歪んでいる。

 これなら、しばらく目は覚めないだろう。


「……あなたみたいな人に剣を使うのは勿体ないわ。せいぜい、全部が終わるまでそこで寝ていなさい」


 言葉を吐き捨てたアイリスはクロイドの方へと向きを変えて、一仕事終えたと言わんばかりに深い溜息を吐く。


「ここの人達、変態みたいなのが多くて困るのよね」


「……どうやらそうみたいだな」


 同意するように答えつつ、クロイドは呆れがちに視線を別の方向へと向ける。壇上の下の信者達の目は怒りに満ちているようだった。




「よくも……よくも……」


「邪魔をするな……!」


「早く、エイレーンを……!」


「儀式を!」


「生け贄にしてしまえ!」




 荒い言葉遣いで信者達が口々に喚くのはアイリス達への罵倒だ。


 クロイドがアイリスを助けにきたことで儀式は中断され、その上、儀式を執り行う者達を痛めつけているため、自分達が信者達にとって敵だと判断されるのに時間は必要なかった。


「んー……。とりあえず、相手の動きを一時的に停止させる魔法があったわよね? それで全員の動きを止めているうちに、私が気絶させていく方法はどうかしら?」


「この人数をやるつもりか?」


 今、この場にいる信者達は目視で数えきれない程に多い。それどこか、たまに人間の姿ではないものも混じっているように見える。


「私の右手が痛くならないうちにブレアさん達が来てくれると良いわね」


 苦笑いしながら答えるとクロイドも同調するように頷いた。


 あとどれ程の時間、二人でもたせることが出来るか分からないが、不安はなかった。恐らく、絶対的に信じられる相棒がすぐ隣に居るからだろう。


 アイリスは不敵に笑い、短剣を再び構えた。

    

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