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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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力ある言葉

 

 一つ目の提案が通ったことに安堵していたが、王宮側に提案することはもう一つある。


 そのことに気付いているのか、国王は話をするようにと右手でこちら側を示しつつ促してきた。彼が敏いところは相変わらずらしい。


「……エリオス」


 ユグランスに名前を呼ばれたエリオスは頷き返す。次はエリオスが提案をする番だ。


 正直、自分よりもエリオスの方が対人相手の交渉は得意だろう。

 彼は魔的審査課に所属している特別魔法監察官であるため、これまでに様々な違法魔法使いの相手をしてきている。


 元々、感情が表情に出にくい性格が上手く任務に活かされているようだが、アイリス曰く、エリオスが本気で怒る時はかなり怖い表情になるらしい。


 ちなみにアイリスが、彼が怒った表情を初めて見たのは、家族が亡くなった時に叔父であるブルゴレッド男爵が遺産の話を幼い彼女にした際で、普段では見られない表情を浮かべつつ、実父に怒りを向けていたと聞いている。


 以前、アイリスがブルゴレッド家に巻き込まれた時もエリオスは怒っていたが、やはり彼の感情が表情に出てしまう程に大きく揺れ動くのはブルゴレッド家関連なのだろうと思う。


 エリオスは一度、頭を下げてからクロイドと同じように名前を告げる。


「教団に所属しています、エリオス・ヴィオストルと申します」


 このような場に慣れているのか、エリオスは声を震わせることなく、言葉を続ける。その立ち振る舞い方は貴族の一人のようにも見えた。

 仕事柄、様々な技術や作法を習得しておかなければならない状況もあるのかもしれない。


「次に一般市民の安全を確保するために、提案したいことがございます」


 王宮に教団の団員を派遣することよりも、こちらの提案の方が難しいだろう。クロイドは伏し目がちになる瞳を瞬かせつつ、エリオスの言葉に耳を傾けた。


「夜間になると潜んでいたはずの魔物の活動が活発になることはご存知でしょうか」


 エリオスの静かな問いかけに、王宮側の人間たちはこくりと頷き返す。


「そして、先程説明させて頂きましたが、今夜十二時に悪魔が再び教団へと交渉にやって来ます。その際に市民の安全を人質に取り、街中に魔物を出現させるのだと思われます。もちろん、教団の団員は市民の安全を第一に考えつつ、魔物を迎え撃つつもりです。ですが……」


 そこで一度、エリオスは言葉を切ってから、国王達に気付かれないように深く息を吸い込む。


「それでも、市民に被害が出ないとは言い切れません。我々も魔物の討伐に割く人数に限りがあるので、手を回せない部分もあります。また、教団の存在は一般市民には秘匿されています。だからこそ、提案させて頂きたいことがあるのです」


 国王を相手に進言するエリオスの態度は堂々としていた。その瞳に迷いなどはない。彼は今、団員だけでなく市民の命運も担っているのだ。


「どうか、王宮側から市民に向けて働きかけをして頂きたいのです。今夜二十一時以降に外出を控えるようにと」


 エリオスの言葉に、王宮側からざわめきが生まれていく。恐らく、この一瞬で「王令を出して欲しい」という隠された言葉を覚ったのだろう。


 こちら側はイグノラント王国の国民ではあるが、国王直属の臣下ではない。そんな者達が国王に向けて、王令を出すことを進言するなど、不敬極まりないだろう。


 だが、エリオスの顔には汗は一滴も浮かんでいなかった。不敬だと咎められて、捕まることはないと踏んでいるのかもしれない。

 何故ならば、この提案によって市民への被害の数が大きく変わるからだ。


「……確かに、市民が夜に外出しないだけでも安全性は高まるだろう」


 ふっと息を吐くように国王は答える。碧眼はゆっくりとエリオスへと向けられ、言葉が静かに紡がれた。


「しかし、王令を出すには明確な理由が必要だ。誰もが納得できるような、『理由』だ。それは用意してきているのだろうか」


「……はい」


 ごくりとエリオスが唾を飲み込む。受け入れられるか分からないが、それでも他に良い案は思いつかなかった。


「……市民が自主的に外出を控えるように、情報操作をしたいと思っています」


「……ほう」


 情報操作をするとは思っていなかったようで、国王は少しだけ意外そうに片方の眉を上げている。


「情報操作の内容はいかなるものだろうか」


「それは……。人を襲う『肉食獣』が誤って、街中に放たれたという情報を流すとともに、外出を自主的に控えさせるつもりです。もし仮に魔物を討伐している姿を市民に目撃されたとしても『肉食獣』を捕獲している最中として誤魔化すことも出来ましょう。また、ロディアート警視庁の協力も必須かと思われます。『肉食獣』は『専門家』の手による捕獲を行わなければならないので、一般市民の多くが所属している警視庁には行動を控えさせたいのです」


「ふむ……」


 もちろん、ここでの『肉食獣』は架空の存在であるため、本当に街中に放つわけではない。あくまでも市民が抱く危機を煽るための材料だ。そして、『専門家』とはもちろん教団の団員のことである。

 それを王宮側の人間も分かっているのだろう。ただ、浮かべている表情はそれぞれのようだが。


「ただし、これらの情報を流すためには王宮側の力が必要となります。公式な声明こそが人を動かす意味と力を持ちます。我々が情報を流しても、市民に混乱を招くだけでしょう。それ故に、王宮側からの働きかけが欲しいのです」


 静かに、だが確実にエリオスは提示する内容を綴っていく。


 言葉に理由を付与するためには、意味が必要だ。

 そして、その意味が理解されるためには納得出来る正しい情報と力が必要となる。


 つまり、力とは権力だ。王宮から公式な声明が出されれば、誰しもそれが正しい情報だと認識するだろう。 

 嘘の情報を王宮が出すわけがないという先入観があるからだ。


 だからこそ、言葉には相手を納得させるための力が必要となるのだ。

 

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