保守的な退化
クロイドは不快感を喉の奥へと押し込めてから、じっとブラストに視線を向ける。そこに感情の色を宿すことはなかった。
「少々、慢心し過ぎているのでは?」
「なっ……!?」
クロイドの遠慮のない言葉にブラストは絶句したのか、石のように固まる。
「王宮魔法使いの方が保守的なのは存じ上げています。昔からの魔法だけを受け継いできているのですよね? ですが、外部の知識を取り入れることなくずっと同じ魔法ばかりを頼りにしていれば、いずれはその魔法を打破されることくらい、考えれば簡単に分かるでしょう」
クロイドは軽くそう告げつつ、自分の襟元を握ったまま離さないブラストの手を簡単に捻り上げて離した。
抵抗するとは思っていなかったようで、ブラストは一瞬だけ顔を歪めてから、クロイドに掴まれていた手を無理矢理に振りほどく。
「っ……」
「教団の魔法は常に進化し続けています。それは新しい知識を得て、探求し続けることを止めないからです。……ですが、王宮魔法使いが扱う魔法はいかがでしょうか。外部からの知識をすでに手にしている魔法に取り込み、強化させていますか? 慢心することなく、向上心を持って、新たな方法に目を向けていますか?」
保守的なことを駄目だとは言わない。
だが、いつまでも変わらないことは退化と同じだ。
時代によって変わらなければならないものがあるように、ずっと同じものを扱っていれば、それは簡単に使えないものとして切り捨てられてしまう。
恐らく、教団の結界よりも王宮を守っている結界の方が容易く破ることが出来るのだろう。
かつて、魔犬が襲撃してきた時でさえ、王宮を守っていたはずの結界は破かれたと聞いている。果たして、あの時から結界の強度は上がっているのか疑問だった。
「そして、王宮魔法使いは魔物との戦闘に慣れていないとお聞きしていますが、いかがなのでしょうか」
「ま、魔物などと戦う機会はない。それは教団の仕事だろう! 我々、王宮魔法使いは王家の方々と王宮を守ることが役目だ!」
ブラストの言葉に対して、呆れたような溜息を吐いたのはユグランスとエリオス、一体どちらだっただろうか。
もしくは溜息が重なって、一つに聞こえたのかもしれない。
「つまり、戦闘に長けた者が王宮魔法使いには存在していないということですよね? 防御や治癒に関する魔法においては、王宮魔法使いは長けていると聞いていますが、仮に王宮の結界が破かれた際に魔物が侵入したならば、どのように戦うおつもりですか」
「……っ!」
ブラストは息が詰まったような表情を浮かべ、歯ぎしりをする。答えがすぐに思いつかないのだろう。
「あなたの譲れない自負によって、どれ程の人間が犠牲になるのか、考えたことはありますか。ましてや、この場所は王宮。国王陛下に連なる方々が居る場所です。……失われてはならないものを守るために、どうか教団側との協力を」
「……」
ブラストは唇を噛みつつ、一歩だけ後ろに下がる。クロイドの言葉によって、冷静な部分を取り戻したのだろう。
別に教団の名の下に王宮魔法使いに命令を下す、というわけではない。ただ、お互いに協力し合って、守るべきものを守り合いたいだけだ。
そのためには妙な意地など、捨ててもらわなければ邪魔になるだけだ。
何のために王宮には王宮魔法使いが存在しているのか、今一度、思い出してもらわなければならない。
自尊心だけでは守れないものがあることを自覚しなければ、本来救えるはずだったものでさえ、犠牲になってしまいかねない。
クロイドは真剣な表情で、ブラストを見つめる。彼はクロイドと面識があったことをすでに忘れているようだ。
今の彼は王宮魔法使いとしての矜持を取るか、それとも守るべきものを守るために教団と手を取るべきなのかについて悩んでいるに違いない。
だが、この場で決定権があるのはブラストではない。
クロイドはゆっくりと顔を上げてから、国王へと視線を向ける。こちら側の提案について、意見が欲しいのは彼だけだ。
国王の言葉こそ、この場において最も力のあるものだからこそ、彼に答えを求める。
国王はクロイドとブラストのやり取りが聞こえていたのか、一度だけ静かに息を吐いてから、ゆっくりと言葉を発した。
「……教団の団員が王宮へと派遣される件について、私が認めよう」
響いているのは静かな声だが、それでも他の者に有無を言わせぬ強さが含まれていた。それまでクロイドに対峙していたブラストはどこか焦ったように国王の方へと振り返る。
「国王陛下……!」
「これは決定事項だ。教団の団員と王宮魔法使いは互いに協力し合うことを約束しよう。その際、対立することを禁じずる」
「っ……」
まるでそれ以外の意見を許さないと言わんばかりに国王は静かに決定事項だけを告げる。国王の発言に異を唱えることが出来るものはいないようで、これでこの件は無事に承認されたようだ。
……とりあえず、一つ目は通ったか。
クロイドはブラストに気付かれないように安堵の溜息を小さく吐き出す。これで王宮を守るための団員を派遣することは出来そうだ。
ブラストは国王の決定事項でさえ、どこか不服そうに受け取っていたが、納得せざるを得なかったようだ。
彼は一度、クロイドを睨むように視線を向けてから、その場を離れて行く。
すでに姿を現してしまったため、隠れていることに意味がないと覚ったのか、魔法で姿を消すことなくその場に留まるつもりらしい。
それでも、謁見の間から出ていくつもりはないようで、壁近くの場所でこちらを監視することにしたようだ。
国王から直接、教団の団員とは対立しないようにと注意されたばかりだというのに、やはりそれまで培ってきた感情は簡単には覆せないと言ったところだろう。
国王に対して反抗的ではないものの、ブラストの行為は一種の不敬の分類に入ると思うが、深く注意する者はいないようだ。
王宮魔法使いという立場はそれなりに高い地位にあるのだろうかと考えつつも、立ち上がっていたクロイドは再びその場に跪くことにした。
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