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玉座から、自分達が跪いている場所まで距離はあるため、顔の細部を確認するように見られることはないはずだ。
それに今の自分は貸してもらった眼鏡で瞳の色を変えているし、昔と違って見た目も変わっているはずだ。
ただ、しっかりと整えればアルティウス王子と間違えられる程に似ているだろう。
「直答を許す。……ヴィオストル卿、貴殿が謁見の申請をしてくることなど、今までなかっただろう」
国王が静かに問いかけてきたため、顔を上げたユグランスはどこか苦笑するように言葉を返す。
「……そうでございますね。必要以上に謁見の申請をすれば、陛下の時間を頂いてしまうことになりますから」
「つまり、その時間を貰ってまで伝えたいことがあるのだろう」
「……その通りでございます」
ふっと、息を吐いてからユグランスは言葉を続けた。
「陛下にご報告申し上げます。……昨晩、教団が襲撃を受けました」
ユグランスは言葉を飾ることなく、淡々とした口調で告げる。
「っ……」
「なっ……」
国王の周辺には玉座近くに控えているアルティウスと宰相と思われる壮年の男性、武器を装備した護衛の者が二人、側近である男性、そして見えないがどこかに隠れている王宮魔法使い──この場に居るほとんどの者が息を飲んだような音を漏らした。
「……それはまことか」
「はい。……あまり事を大きくしたくはありませんが、襲撃者の身元ははっきりしております」
ユグランスは事前に打ち合わせしておいた通りに言葉を続ける。
「ブリティオン王国の組織に属する者が契約している悪魔、と報告を受けております」
「それは……!」
側近が目を見開き、何か言いたげな表情を浮かべたがユグランスは首を横に振る。
「落ち着いて下さい。決して、ブリティオン王国が主体となって、教団を攻め込んだのではないと思われます」
国同士の衝突になれば、教団と組織だけでなく、様々な人間を巻き込んでしまうことになるのだろう。
だからこそ、性急な考えを抱かないようにユグランスは言葉を選びつつ、説明していく。もし、間違えてしまえば戦争だって起こりかねないからだ。
「陛下はブリティオン王国にもローレンス家があることをご存知でしょうか」
「……イグノラント王国のローレンス家ならば知っている。ただ、時代と共にローレンス家と王家の人間はお互いに干渉はしないようになってしまい、現在は疎遠となっているが。そのローレンス家とは別のローレンス家ということだろうか」
国王の問いかけにユグランスは首を縦に振る。クロイドもアイリスやイリシオスからローレンス家の話を聞くまで、過去のことを知らずにいた。
そのため、ブリティオン王国にローレンス家と同じ血筋の者がいることを知ったのはつい最近だ。
国王もブリティオン王国のローレンス家の存在を知らずにいたのだろう。いや、もしかすると教団に属している者でさえ、今回の件がなかったならば知らなかったかもしれない。
数百年前に、ローレンス家の血は分かたれた。それは交わることが不可だと思えるほどに、全く違うものとなっている。
同じであって、同じではないのだ。
「その通りでございます。……数百年前、魔女狩りがこの国だけでなく、様々な国で行われていた時代にローレンス家の一族は方々に散ることになったと聞いております。その際に海を渡り、現在のブリティオン王国である場所へと辿り着いたのがブリティオン王国のローレンス家です」
ヴィオストル家の当主であるユグランスもローレンス家の血筋のことは深く知っていたようだ。
視界の端に映ったアルティウスの瞳が一瞬だけ揺れ動いたように思えたのは、恐らく彼にとっても知り合いとなったアイリスの実家の名前がローレンスだからだろう。
自分も王子だった頃は、「ローレンス」の名前は知っていたが、それは建国時に関する書物を読んだ際に国王と並び、建国と教団の創立に携わった者の名前として頭に入れていただけだ。
そのため、アイリスから詳しい話を聞くまで、あまり知らずにいた。
「イグノラント王国のローレンス家とブリティオン王国のローレンス家は元を辿れば血筋は同じですが、現在は全くの別の家としてそれぞれ機能しております。お互いが干渉することはここ数百年、ありませんでした」
ユグランスもブリティオン王国のローレンス家に属するセリフィア・ローレンスがアイリスに接触してきたことを知っていたようだ。
しかし、それは教団内で共有する情報として留めておいて、国王や王宮側には伝えていないものだったらしい。
「……教団を襲ったとされる悪魔は、ブリティオン王国のローレンス家の子飼いの悪魔として名乗っております。情報を集約したところ、当主であるエレディテル・ローレンスが悪魔『混沌を望む者』の契約者とのことです」
悪魔と契約することがどのような意味を持つのか、教団に属していない国王やその周辺の者でも意味が分かったらしい。
何とも言えないような表情をしつつ、その場に居る者達は押し黙っていた。




