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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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謁見

 

 クロイド達が謁見の間へと入ったことを確認してから、衛兵達によって扉がゆっくりと閉められる。

 重圧感のある音が空間に響き、それが止んでからユグランスは前へと歩き始めた。


 ……視線が感じられるな。


 ヴィオストル家当主であるユグランスを先頭にして歩いているが、どこからか探るような視線が感じられる。

 しかし、気にする素振りを見せることなくクロイド達は歩き続けた。


 冷たい床の上に敷かれているのは少しだけ年代を感じさせる色の絨毯だ。それまで響いていた靴音は絨毯に吸収されたことで聞こえないものとなっていく。


「──そこで、お待ちを」


 低音の柔らかな声が前方から聞こえたことで、ユグランスがぴたりと足を止めたため、それに続くようにクロイド達も立ち止まる。


 この声は記憶に間違いがなければ確か、国王の側近として傍に居た者の声だ。しばらく会わないうちに、以前よりもかなり声音が低いものとなっていた。


 前方の玉座に近い場所で、何か資料のようなものを左手に持ちながら、真っ直ぐ立っている中年の男性がこちらに向けて声をかけてくる。


「ユグランス・ヴィオストル卿、甥のエリオス・ヴィオストル、姪の婚約者のクロイド・ソルモンドと伺っております」


「いかにも」


 三人を代表して、ユグランスは側近の者へと向かって真っすぐに答える。側近の男性はユグランスの返事に頷き返してから、言葉を続けた。


「もうすぐ国王陛下とアルティウス王子がお越しになりますので、それまでお待ち下さいませ」


「……アルティウス王子も同席なさると?」


 会話の中にアルティウスの名前が出た瞬間、思わず心臓の辺りは跳ねたような心地を感じてしまう。


 クロイドと同じように思ったのか、ユグランスが探るような声色で側近へと訊ねると、彼はこくりと頷き返した。


「……本日、ヴィオストル卿が国王陛下へと謁見を申請なさった理由は『教団』についての話があると伺っております」


 側近は「嘆きの夜明け団」の存在を知っている者なのだろう。国王の傍で仕えている人間ならば、教団の存在を知っていても何もおかしいことはない。

 貴族の間にも暗黙の了解として教団の存在は知られている。もちろん、何も知らない一般人に他言するようなことをすれば、教団側が取り締まるだろう。


「……」


 この場には側近の他に誰がいるのだろうか。気配はどこからか感じるが視界で捉えることは出来ない。


 ……俺達以外の人間の匂いが数人分、嗅ぎ取れた。もしかすると王宮魔法使いが姿を消した状態でこの場に同席しているのか?


 王宮魔法使いは教団に所属している者を一方的に敵視しているような節がある。


 お互いにどのような因縁があるのか、詳しいことは知らないが、ユグランスは貴族でありながらも教団に籍を置いているし、クロイド達は教団に属する魔法使いだ。

 王宮魔法使いから快く思われていなくても仕方がないだろう。


「アルティウス王子も教団に関する話を聞きたいとのことで、同席を希望なされています」


 思わず、アルティウスらしいと感じてしまったクロイドは口から笑みが零れそうになるのを何とか抑えた。


 知らなければならないと思って、自ら同席することを選んだのだろう。

 今、自分の瞳は青色に変わっているが顔を見ればすぐにクロイドだと気付くに違いない。


 ……父上は俺が「クロディウス」だったと、気付くだろうか。


 以前、王宮に潜入した際に父と顔を合わせたが、その時はアルティウスの姿に変装していたため、気付かれることはなかったが今は「クロイド」の姿のままだ。


 アルティウスと似ていることは自覚しているが、果たして自分の父は死んだはずの子どもが目の前に居ると気付くだろうかという妙な不安が生まれてしまう。


 もちろん、この場合はクロディウスだと気付かれたくはない方の不安だ。今の自分はすでに「クロイド」であって、「クロディウス」としてここに居るわけではない。

 父の中でクロディウスはすでに死んでいるため、それを覆そうとは思っていなかった。




 そんなことを思っているうちに、どこかの扉が開いた音が響いたため、ユグランスと共にその場に跪きつつ、顔を伏せる。


 その場の空気が一瞬で変わっていった気がして、自分の心臓が大きく音を立てているのが分かる。緊張しているのか、それとも恐れているのか。


 謁見の間に入って来る足音は二つで、やがて玉座に腰かけたのか足音は聞こえなくなる。


 ……ああ、やっぱり。


 匂いがした。

 懐かしい、匂いが。


 玉座から少し離れた場所に居るというのに、それでもずっと小さい頃に抱きかかえられていた時に自分を包み込んだ匂いと同じものがふわりと鼻を掠めていった気がした。


 匂いというものは歳を取るごとに変わるものだと思っていたが、根幹となる部分は変わらないのだろう。

 気迫のようなものを口から吐き出しそうになるのを何とか抑えつつ、クロイドは声がかかるまで頭を下げ続けた。


「……面を上げよ」


 どっしりとした声が静かに響く。許しを得たクロイド達は床上に跪いたまま、顔だけをゆっくりと上げていく。


 最初に目に入ったのは、同じ顔立ちだが金髪に碧眼の弟──アルティウス王子だ。

 彼はクロイドを瞳に映すと一瞬だけ、何か言いたげな表情をしたがすぐに顔を引き締めたものへと変えていく。


 どうやら、すぐに自分がクロイドだと気付いたらしい。恐らく、また会えるとは思っていなかったのだろう。

 感情を今すぐ表に出したいが、公的な場であるため抑えていると言ったところだろう。


 クロイドはそれからゆっくりと視線を国王へと向ける。


 年季の入った玉座の上にゆったりと腰かけ、威厳のある表情でこちらを見下ろしていたのは紛れもなく自分の父である、セルディウス・ソル・フォルモンドだった。

 

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