向き合う勇気
※イメージ扉絵有り
クロイドがジョシュアから借りた眼鏡をかけて、黒色から青色へと目の色が変化したことを鏡で確認していると、別の個室で着替えていたユグランスがその場へと出て来た。
「──おお! 二人とも、よく似合っているじゃないか!」
着替え終わったクロイド達の姿を見たユグランスは、まるで子どもの成長を喜ぶ親のような笑顔で近づいてくる。
ユグランスの衣装の系統はエリオスと似ており、ジャケットが黒茶色で、ネクタイは質の良い素材が使われているのか、光沢がある深い緑色のものを身に着けていた。
衣装を変えるだけで先程とがらりと雰囲気が違うものとなり、今のユグランスは貫禄のある貴族のように見えていた。
「うんうん、想像していた通り、似合うなー! これは道行く誰もが一度は振り返るぞ!」
ユグランスの言葉に、ジョシュアはそうだろうと言わんばかりに何度も頷いている。
「まぁ、たまに着る分には構わないが……。これを毎日、着るとなると肩が凝りそうだ」
エリオスは肩を竦めながらユグランスへと答える。そういえば、エリオスは普段はかなり楽な服装で過ごしていたなと密かに思い出す。
すると、ユグランスはクロイドがかけている眼鏡に気付いたのか、どこか納得するように頷いていた。
「ん? ああ、なるほどな。クロイドは顔を隠すために変装しているのか」
「ジョシュアさんに眼鏡を貸して頂いたんですが、この眼鏡ってもしかして魔具ですか?」
「うむ! 我が家に代々伝わっている魔具の一つだ。……しかし、眼鏡をかけているだけで随分と印象が変わるもんだな。これはこれで、令嬢が寄ってきそうだが」
「伯父さんにとって、男性の格好良さに対する基準は令嬢が寄って来るか来ないかの二択しかないのか……?」
エリオスはぼそりと呟いていたがユグランスへと届いてはいないようだ。
「とりあえず、お互いに支度は整ったようだな。……ジョシュア、王宮へ向かうための馬車は用意してあるだろうか」
「もちろんでございます」
確か、ジョシュアはクロイド達が着替えている間はこの部屋から一歩も出ていなかったはずだが、一体いつの間に馬車の手配をしていたのだろうか。
「ありがとう。それではさっそく、王宮へと向かうか」
聞き慣れているはずなのに、「王宮」という言葉に胸の奥に何かが刺さったような音が響き渡る。
……大丈夫だ、落ち着け。
もう二度と戻ることはないと思っていた王宮へと再び足を向ける日がこんなに早く来るとは思っていなかった。
以前、王宮での任務の際にはアイリスに情けない姿を見せてしまったが、自分の心の支えとなってくれた彼女はこの場にはいない。
今の自分は教団側の使者だ。失敗することは、大きな犠牲を生むことになる。
……分かっている。自分に圧し掛かっている責任がどれ程までに大きいものなのか……。
怯んでいる場合ではない。
怖気づいている場合ではない。
自分は、成すべきことを成すために王宮へと向かわなければならない。そこにどんな感情を抱いているのだとしても。
身体が冷たくなってしまいそうになっていると、ばんっと突然、背中を叩かれたクロイドは少し前のめりに進みながらも驚いた表情を浮かべて後ろを振り返る。
いつの間にかユグランスが自分のすぐ傍に来ており、彼はどこか呆れているような笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ほら、辛気臭い顔をするんじゃない。交渉というものは、いつだって堂々とした態度で行うべきだ」
「ユグランスさん……」
「君が王宮という場所にどれ程の感情を抱いているのか定かではないが、それでも私には到底、理解出来ない程に複雑なものだということは分かる。そして、そんな感情を抱きつつも、自分に出来ることを成すために勇気を出そうとしていることも」
「……」
まるでユグランスはクロイドが密かに抱いていた感情を読み取っているように、胸を張りながらそう告げる。
「私は君のその勇気を称賛しよう。遠ざけることも逃げることもせずに、向き合うことを選んだ『クロイド・ソルモンド』の勇気を」
ユグランスは穏やかに、そして静けさを携えた笑みをゆっくりと浮かべる。
「だが、君が立つ場所が決して一人ではないことを覚えておいて欲しい。そして、迷わずに私を頼って欲しい。……そのためのヴィオストル家当主だからな」
そして最後は茶目っ気たっぷりに、ユグランスは左の瞳をぱちんっと閉じてみせる。
そこには気安さだけでなく、頼もしさが含まれているように感じられて、クロイドは強張ってしまっていた表情を和らげるように、ふっと笑みを返した。
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
自分の周りには頼ることが出来る人がいるのだと自覚してしまえば、冷たくなりかけていた身体は少しだけ温度を取り戻して来た気がした。
「無理はするなよ?」
エリオスもクロイドの顔を覗き込みつつ、どこか兄らしい表情を浮かべながら心配する言葉をかけてくれる。本当に温かい人達ばかりだ。
「ええ。……それでは、どうぞ宜しくお願いします」
気合を入れるために、クロイドは同じ交渉の場に行ってくれる二人に向けて頭を下げる。
「こちらこそ、宜しく頼む」
「よし、それじゃあ王宮へと向かうか」
エリオスとユグランスは同時にクロイドの肩をぽんっと叩いてきたため、頭を下げていたクロイドはゆっくりと上体を起こした。
自分の前に立っている二人は、背を真っ直ぐに伸ばしたまま堂々としている。これから難しい交渉が待っているというのに、そこに不安は含まれてはいないようだった。
……俺もこの人達のようにならなければ。
きゅっと唇を真っ直ぐに結んでから、クロイドは下を向くことがないように胸を張る。
「では、馬車を待機させている場所までご案内致します」
ジョシュアを先頭に四人は屋敷の外に向かって歩き出す。
まだ王宮に入ってさえいないというのに、その場には穏やかな緊張感が生まれていた。
……大丈夫だ。俺は一人じゃない。
目の前には頼もしい二人の背中があった。その背中を眩しく思いながらも、己の背中を曲げることなく、クロイドは真っ直ぐと歩き続けた。
「登場人物」に挿絵と人物を追加致しました。
所用により、15日まで更新をお休みさせていただきたいと思います。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。




