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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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魔法の眼鏡

 

 思っていたよりも、衣装を着るのに手間取ることなく、すんなりと着替えることが出来た。小さい子どもだったならば、手伝いがなければ着難いだろうが、着方が分かっていたため迷うことはなかった。


「……似合っている、のか?」


 着替え終わったクロイドはネクタイを締めた襟元を気にしつつ、目の前の鏡を見ながら首を傾げる。


 深い灰色と黒が混ざったような色だが光沢があるジャケットを羽織り、下には濃茶色のベストを着ていた。

 襟元を飾るネクタイの色は暗めの紅色だった。用意されていた革靴も自分の足の大きさにぴったりで、まるで長年履いてきたような心地さえ覚える。


「……一応、髪も整えておくか」


 鏡を見ながら手櫛で何となく、髪を整えていく。昔ほどではないが、髪質はそれなりに柔らかいため、癖が付くことはほとんどなかった。


「──クロイド、準備出来たか?」


 個室のカーテンの向こう側から、エリオスの声が響いてきたため、鏡に向けていた身体をすぐに振り返らせる。


「今、終わりました」


 そう告げてから、クロイドはカーテンを開けていく。そこにはすでに着替え終わったエリオスとジョシュアが立っていた。


 エリオスは濃茶色のジャケットを着ており、ネクタイの色は深い緑色で、髪は櫛で丁寧に梳かしているのか普段よりも、艶やかに見えた。

 元々、エリオスは整った顔立ちをしているが、着るものが変わっただけでまるで本物の貴族の子息のように見えてしまう。


「ええっと、いかがでしょうか……?」


 クロイドは二人から送られてくる真っ直ぐな視線に耐えかねて、思い切って訊ねてみる。


「ふむ……」


「おお、やはり……」


 クロイドが衣装へと着替えた姿を目にしたエリオスとジョシュアは一度、目を開いてから、何故か納得するように頷いていた。


 ジョシュアに至っては感極まっているような表情を浮かべている。その様子を不思議に思ったクロイドは少しだけ気まずそうに二人から視線を逸らした。


「あの……。着こなせていませんかね?」


 せっかくジョシュアに用意してもらったというのに、着こなせていないならば申し訳なさ過ぎる。

 そう思っているとジョシュアはぶんぶんと横に大きく首を振った。


「いいえ! そのようなことは決してございません! むしろ、貫禄があるように見えてしまう程に、完璧に着こなしていらっしゃいます! ここまでお似合いになられるとは……! くっ……せめて、写真か絵に収めとうございます……!」


「……えっと……ありがとうございます?」


 とりあえず、衣装を選んでくれたジョシュアにはお礼を言っておくべきだろう。しかし、彼が何故ここまで感激しているのかはさすがに分かりかねてしまう。


「ジョシュアさん、安心して欲しい。俺が式魔でクロイドの立ち姿を記念に撮影しているから。あとで分けましょう」


「ありがとうございます、エリオス様! とても嬉しゅうございます……! 後程、エリオス様と旦那様の三人で並ばれたものも撮影して頂けると嬉しいです! 家宝に致しますとも!」


「よし、任せて下さい」


「え、エリオスさん……?」


 ジョシュアはエリオスの気遣いに更に感激しているようだが、何故、わざわざ式魔を使ってまで撮影しているのだろうか。


「いやぁ、後でアイリスに見せてやろうと思って。きっと、アイリスならば両手を挙げて喜ぶだろう」


「それは……。いや、でも……」


 アイリスに改めて見られると思うと逆に気恥ずかしく思ってしまうのだが。


 すると、それまで感激した表情を浮かべていたジョシュアはすっと仕事をしているような真面目な態度へと変えてから、クロイドにとあるものを渡してくる。


「……実は、勝手ながらにこのようなものを用意させて頂いておりまして」


「これは……」


 ジョシュアの手元にあるのは黒い縁の眼鏡だった。


「こちらの眼鏡、かけますと目の色が変わる魔法がかけられております。大きなお世話かと思われるかもしれませんが……」


「……」


 もしかすると、ジョシュアはクロイドの素性を知っているのだろうか。そう思って、何となくエリオスに顔を向けると彼は肩を竦めながら答えてくれた。


「この屋敷内にいる限り、ジョシュアさんに分からない話題はないと言われている程に耳が早いんだ。まるで壁に耳が付いているように」


「ほほほ、それは買いかぶり過ぎでございますよ。ただ私は、人よりも少しばかり目と耳が良いだけの爺でございます。ですが、どのような話を耳に入れたとしても、決して他人に開く口は持っておりませんのでご安心を」


 ジョシュアはクロイドの素性を知った上で、変装するための道具としてこの眼鏡を渡そうとしているのだろう。

 そこには彼なりの気遣いが含まれているように感じられて、クロイドはジョシュアから眼鏡を受け取った。


「ありがとうございます、ジョシュアさん。さっそく、使わせて頂きます」


 クロイドがふっと笑みを零せば、ジョシュアは「少々、失礼」と告げてから背を向けて、目頭を右手で押さえていた。

 クロイド自身は大したことをしたつもりはないのだが、どうやら彼は何をしても感情が大きく揺れ動く人のようだ。

 

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