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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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衣装

  

 ユグランスに案内された場所は様々な状況や用途に応じて仕立て上げられたであろう服が整頓されている部屋だった。色やデザインはどれも一つとして被ってはいないようだ。

 また、衣裳だけでなく、帽子や靴などの小物も一緒に保管されているらしい。


「……」


 クロイドは呆けてしまいそうになる顔を引き締めてから、衣裳部屋の中へと入っていく。


「ジョシュア、二人の衣装は用意してあるかな?」


 ユグランスは衣装部屋の端の方に控えていた白髪交じりの初老の男性使用人に声をかける。ジョシュアと呼ばれた使用人は右手を胸に添えつつ、低めの声で答えた。


「もちろんでございます。このジョシュア、僭越ながらお二人に似合う衣装を選ばせて頂きました」


 こちらでございますと言いながら、ジョシュアが手で指し示した先には二体のトルソーが置かれていた。

 それぞれのトルソーにはジャケットとベスト、スラックス、ネクタイ、が装着されており、その足元には革靴まで用意されていた。


 あの短期間でクロイドとエリオスの身体のサイズに合った衣装だけでなく、靴も用意してしまうとは、このジョシュアと呼ばれる使用人は只者ではないだろうと密かに思った。


「ほう、さすがだな、ジョシュア。お前の目にはこの衣装が彼らに似合うと判断したんだな」


 ユグランスは用意された二人分の衣装を眺めつつ、どこか満足そうに呟く。


「ええ。お二人はとても整った顔立ちですが、纏っている雰囲気が全くの別物ですからね。エリオス様は旦那様に似ておられますので、衣裳の系統は近しいものにさせて頂きました。また、クロイド様は落ち着いた雰囲気を持っているように印象を受けましたので、決して目立たず、しかしどこか存在感を漂わせることが出来る衣装を選ばせて頂いております」


 ジョシュアは一度も呼吸することなく、興奮を微妙に滲ませながら一気にそう言い切った。もしかすると他人を着飾るのが好きな人なのかもしれない。


「いかがでしょうか。もし、他のものが宜しければ、すぐにご用意させて頂きますが」


 こちらを窺うようにジョシュアが訊ねてきたため、クロイドはすぐに首を横に振ってから答える。


「いえ、用意して頂き、ありがとうございます。こちらの衣装をお借りしたいと思います」


 クロイドが表情を緩めてから答えるとジョシュアは安堵したのか、穏やかな表情を返してきた。


「ふむ、確かにジョシュアさんに選んでもらった衣装は伯父さんが普段、着ている正装と系統が似ているな。ありがとう、ジョシュアさん。この衣装を借りるよ」


 エリオスは表情には出てはいないものの、声色と態度に感謝の気持ちが含まれていることを感じ取ったようで、ジョシュアはエリオスに向けて、頭を軽く下げてくる。


「では、こちらにそれぞれに分かれて衣装を着替えるための個室がございますので、トルソーをお運びいたしましょう。旦那様の王宮行きの衣装もご用意していますが……着替えの際に私の手は必要でございますかな?」


「いや、子どもじゃないんだから……。って、このやり取り、さっきエリオスとやったような……?」


「ふふふ、はてさて何のことでしょう」


 どうやらユグランスと同様にジョシュアも茶目っ気がある人柄のようだ。ジョシュアはユグランスよりも歳が一回り以上に見えるが長年、傍で当主を支えて来た近しい存在なのかもしれない。


「それじゃあ、私も衣装に着替えてくるから。衣装の着方が分からない時はジョシュアに訊ねるといい」


「ああ」


「はい、ありがとうございます」


 ユグランスはまたあとでと告げてから、クロイド達に背を向けて、自身の衣装が用意された個室へと入っていく。


 その間にも、二人分の衣装が着せられたトルソーはジョシュアによって、それぞれの着替えるための個室へと運ばれていた。

 足音も何も聞こえなかったので、本当にいつの間に移動させたのだろうかと不思議に思うばかりだ。


「では、私は近くに控えておりますので。何かございましたら、遠慮なくお呼び下さいませ」


「ありがとうございます、ジョシュアさん」


 クロイドもジョシュアに向けて頭を下げてから、衣装に着替えるために個室へと入り、備え付けのカーテンを閉めていく。


 個室の中は軽く横になることが出来る程の広さで、真正面には姿を確認するための鏡が壁にはめ込まれていた。


「……」


 貴族の屋敷内の私的な部屋に足を踏み入れる機会は少なかったが、これが貴族の屋敷にとっては普通なのだろうか。

 しかし、クロイドは考えることを放棄してから、自分の横に立っている衣装を着たトルソーに視線を移す。


「……こういう服を着るのは久しぶりだな」


 教団に入ってからは襟の付いていない黒い半袖の服の上に、白のシャツを羽織り、そして黒のズボンを穿いているだけで、王宮に居た頃ならば考えられない程に楽な服装で過ごしている。


 自分は普通の所作をしているつもりだが、アイリスからは洗練された動きのように見える時があると以前言われたことがあり、着ている服が楽なものに変わっても、身体に染み付いている所作は中々抜けないようだ。


 だが、今回は王宮に行くための衣装に着替えなければならないため、半端な所作をすることは出来ないだろう。

 礼儀作法についてはまだ覚えている部分はあるが、はたして今更ながらに通じるだろうか。そんなことを思いつつも、クロイドはトルソーにかけられている服へと手を伸ばすのだった。


 

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