知らないこと
「時間は有限だからな。それでは、さっそく行動に移そうではないか」
それまで厳しい表情を浮かべていたユグランスだったが、ぱんっと手を叩いてから空気を変えていく。
魔法は使っていないはずなのに、それまで緊張感が含まれていた空気は一瞬にして、軽いものへと変わっていった気がした。
「今から一時間後に、王宮側に謁見の時間を申し込んでいる。王宮に着ていく衣装はこちらで勝手に用意してあるから、それを着て、準備をして欲しい」
「サイズは合っているのか? 二人とも、身体付きや身長に差があるんだが」
確かにエリオスの言う通りだろう。クロイドよりもエリオスの方が身長は少し高めで、肩幅も広い。
王宮へ向かうための衣装を用意してもらえるのは助かるが、今は一から身体の大きさを測って、自分の身体に合う服を買う暇などないはずだ。
クロイドと同じように、サイズの件について疑問に思っているのか、エリオスが首を傾げつつ訊ねるとユグランスは胸を張りつつ、どこか自慢げに頷き返した。
「先程、使用人がお茶をこの場へと運んで来ただろう? その際に彼が目測で二人の身体の大きさを測っていたから、今頃は身体に合うサイズの衣装を用意しているだろうよ」
「いつの間に……」
「優秀な使用人なんですね……」
まさか、先程の使用人にそのような特技があったとは。自分達に視線を向けられていることにさえ、全く気付かなかった程だ。
もしかすると、先程の使用人も魔法が使える人物だったのだろうか。意識や気配を消すことに長けている人物だったのかもしれない。
「衣装を着る際に手伝いが居た方がいいならば、人を寄越すがどうする?」
「いや、さすがに子どもじゃないんだから一人で着替えられる」
ユグランスからのからかうような申し出をエリオスは顔を顰めながら答える。クロイドもエリオスの意見に全力で同意するように首を縦に振っていた。
確かにドレスなどの着にくいものならば手伝いが必要だろうが、男物の衣装ならば、着替えるのは比較的に簡単だろう。
それにクロイドは以前、畏まった服装で過ごしていたので、着方はある程度ならば理解していた。
「それでは、衣裳部屋へと案内しよう」
「お世話になります、ユグランスさん」
ユグランスに続くようにクロイド達も立ち上がり、そして軽く頭を下げる。彼は右手を軽く横に振りつつ、苦笑を返してきた。
エリオスは普段、真顔でいることが多いが、ユグランスはよく表情が変わる人らしい。
「このくらい、お安い御用さ。まぁ、二人ならばどんな衣装も似合うだろうよ。どこかの令嬢に目を付けられないといいな」
「お世辞を言っても何も出ないぞ。……まぁ、今度の外勤から帰ってくる時にはお土産でも買って来るさ」
「おっ。それは嬉しいな。出来るならば、外国の菓子がいいな。これでも甘い物が好きなんだ」
どこか茶目っ気たっぷりに片目をぱちんっ、と瞑りつつユグランスはエリオスへと答える。
伯父と甥だが、本当に気が合う二人なのだろう。
エリオスがジョゼフ・ブルゴレッドと接していた時とは正反対となる接し方であるため、多少驚いてしまったが、それでも二人が本物の親子のような関係を築いていることに少しだけ羨ましさのようなものを感じてしまっている自分もいた。
似ている二人の後ろを歩きつつ、クロイドは笑いかけた笑みを引っ込めて行く。
ユグランスはとても良い人物だと思うが、アイリスが家族を魔犬に殺され、独りぼっちとなってしまった時に、ヴィオストル家はアイリスを引き取ろうとはしなかったのだろうかと少しだけ気にかかる点があった。
数年前に実母を亡くしたエリオスも自分の親やその家族に見切りを付けて、己の意思でブルゴレッド家の籍からヴィオストル家の籍へと入ったようだが、それほどまでに寛容ならばアイリスをヴィオストル家で引き取り、守ることはしなかったのだろうか、と。
孤独になったアイリスは自分を助けてくれたブレアの元に身を寄せることになったと言っていた。
エリオスの話によれば、アイリス個人とヴィオストル家の関係はそれ程、深いものではないらしい。
父が絶縁状態となっている実家に帰ることはなかったため、孤独となっても頼るに頼れなかったのかもしれない。
「……」
憶測で考えても、自分が望んでいる答えは出ないだろう。時間がある時にユグランスか、もしくは目が覚めたアイリスにヴィオストル家との関係を訊ねることが出来ればいいと思う。
本人達に真実を訊ねないまま、誰かの感情を自分の物差しで測るなど、失礼以外にないだろう。
それでも踏み込んだ話を訊ねてしまっていいのか迷っている時点で、自分の心の中に抱いている問いかけは決まっているようなものだ。
……落ち着いたら、アイリスにヴィオストル家へと一緒に訪ねることを提案してみるか。
まだ自分は、アイリスのことで知らない話がたくさんあるようだ。だからこそ、この先ももっと言葉や感情を交わしていきたいと思っている。
今はまだ目を覚ますことのないアイリスの姿を心に思い浮かべつつ、クロイドは前方を歩く二人の後ろを追った。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
諸事情により、たまに連日更新が出来ない日があるかと思いますが、
今年も頑張って更新していきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いいたします。




