屋敷
「──まぁ、そういうわけでオルキス・ヴィオストル……いや、オルキス・ローレンスはヴィオストル家の中では少しだけ異質な存在だったんだ。何もかもを捨てて、ただ一つの愛を選び取った男だからな」
ヴィオストル家と向かう道すがらオルキス・ローレンスのことを話してくれていたエリオスに対して、クロイドは相槌を打つ。
「ですが、少し憧れますね」
「何だ、クロイドもこういう恋愛には興味があるのか」
エリオスがどこかからかうような口調で問いかけてきたため、クロイドは肩を竦めつつ答えた。
「自分と近いものを感じたからですよ。……それに結ばれることを選んだお二人には感謝をしたいくらいですね」
「ほう?」
「何もかもを捨ててまで、オルキス・ローレンスという方はアルティア・ローレンスという女性と生涯を共にすることを選んだのでしょう。……彼らのおかげで、俺はアイリスに出会うことが出来たんですから」
クロイドがそう答えるとエリオスは一度、目を大きく見開き、そして低い声で噴き出すように笑ったのである。
「ふっ……。確かにそうだな。伯父とアルティア・ローレンスが出会わなければ、何も始まってはいなかったのだからな。……だが、残念だ。お二人にアイリスの恋人を紹介することが出来なくて」
「……」
惜しむように、哀しむように。
エリオスはすっと目を細めてから、空を見上げる。
恐らく、彼にとってもオルキスやアルティアは良い親戚だったのだろう。
アイリスは自分と同じように、魔犬によって家族を食い殺されている。魔法使いとして名を馳せていた両親が同時にやられてしまうなど、二人の実力を知っている人達からすれば、何故と思っただろう。
話が暗くなってきたことを覚ったのか、エリオスは空気の流れを変えるように、指で前方を示した。
「……あの屋敷がヴィオストル家だ」
白い塀に屋敷は囲まれており、入口となる門の扉は見上げる程に高い。だが、屋敷は落ち着いた見た目をしており、大事に手入れをしながら長年、住んできたことが窺える趣のある家だった。
門は開いているが、エリオスはすたすたと勝手に中へと入ってしまう。門番はいないようだが、確認することなく入ってもいいのだろうか。
「遠慮しないで入るといい。実はこの屋敷を囲むように結界が張ってあるんだ」
「結界ですか」
「ああ。結界内に侵入者がいれば、当主が察知する魔法だ。だから、俺達がヴィオストル家の屋敷内に入ったことはすでに当主は知っているだろう」
「……」
そう言われると、余計に入りづらくなってしまう。だが、入らないわけにはいかないため、クロイドはお邪魔しますと一言告げてから、門の内側へと入ることにした。
入った瞬間、妙な感覚が身体に触れるように感知され、立ち止まってしまう。
「クロイド?」
先を歩いていたエリオスが立ち止まったクロイドに気付き、声をかけてきたため、はっと我に返ったように歩き始めた。
「いえ、何でもありません」
恐らく今、身体に感じたものが結界だったのだろう。魔力を壁として張り巡らせたものに、身体を通したような感覚だった。
……「盾」の名を持つ家か。
結界の魔力を調べるように意識を集中させつつも、クロイドはエリオスの後ろを歩いていく。
……結界から感じ取れた魔力を持った人間が、屋敷内に居るのが感じられるな。
相手の存在を感知しつつもクロイドは何も知らないような顔で周囲を少しだけ見渡してみることにした。
ヴィオストル家の庭は貴族の家にしては落ち着いた雰囲気を持っている庭のように見えた。
それによく見てみれば、愛でる花々よりも薬として使用出来る花や草が多い気がする。もしかすると魔法薬として使っているものなのかもしれない。
だが、それにしても本当に静か過ぎる庭だ。門には門番がいなかったし、庭を手入れする者の姿も見えない。屋敷の中にしか人の気配がないように感じていた。
「……ヴィオストル家は貴族の家だが、他の貴族の家と比べて雇っている人間を制限しているんだ」
「え?」
エリオスは周囲を見渡していたクロイドの様子に気付いたようで、少しだけ後ろを振り返りつつ説明してくれた。
「当主である伯父は一応、籍を教団に置いているだけだが、魔法は使えるからな。だからこそ、魔法の存在を認知している人物しか使用人として雇わないんだ。ちなみに外部からの悪意や魔法と言ったものを退ける結界も張ってあるし、夜になれば侵入が出来ないように強固な結界も張るようにしてある。だからこそ、屋敷を守る人間を置いてはいないんだ」
「なるほど……」
さすがは守りに徹しているヴィオストル家と言うべきか。そんなことを話しているうちに、とうとうヴィオストル家の屋敷の玄関に到着してしまう。
「緊張しているのか?」
クロイドの顔色から何かを察知したのか、エリオスが口元をほんの少しだけ緩めつつ訊ねてくる。
「……しています。ですが、何を言われてもアイリスとの関係を切るつもりはありませんので」
当初の目的は、王宮へ行く際の衣装を貸してくれるというので立ち寄ったのだが、何だか主点が変わってきている気がするのは気のせいではないだろう。
それでも意気込むクロイドを見て、エリオスは満足そうに頷き返した。
「良い心構えだ。……それじゃあ、開けるぞ」
「はい」
エリオスは扉を叩くことなく、慣れた様子で大きな両開きの扉を開けていく。クロイドは何度目か分からない唾を飲み込みつつ、扉が開け放たれる瞬間を待った。




