捨てた家名
橋渡しのような役を担うようになってからは、ヴィオストル家の人間が教団に属する人数は少しずつ減っていくことになる。
貴族になったことで新たな役目を担うようになったヴィオストル家は貴族間での教団の存在の秘匿を提唱する行動を根気よく行い、王宮事情を教団側へと流すようなことを行っていたのだという。
それ故に、ここ数代の当主は教団に名前は置いているものの団員として活躍することはなく、表向きには普通の貴族の当主として行動していることが多いとエリオスが話してくれた。
なので、二十年程前に教団へと入団したオルキス・ヴィオストルは少しだけ異質だったらしい。
彼は当主であった父や兄を凌ぐ程の魔力を有しており、ヴィオストル家から輩出される魔法使い達の中では随一の実力を持った魔法使いとして教団内では名を馳せていたのである。
そんな彼がアイリスの母であるアルティア・ローレンスに惚れて、恋人となったのだが、周囲は反対しまくったのだという。
魔法使い達の中で頂点に立つ力を有しているローレンス家と「暁闇の五家」であるヴィオストル家が縁を結び、やがてその子どもが生まれたとなれば──膨大な魔力を有した子どもになるのではと忌避されたのである。
そして、ここ百年程、ローレンス家は「暁闇の五家」と血縁を結んでいないのだ。
教団が創られた当初から数十年は「暁闇の五家」と血縁を結ぶことはよくあったが、生まれてくる子どものほとんどが大きな力を有している者ばかりだった。
それ故に「暁闇の五家」の魔法使い達はローレンス家の血が入っていることから大きな力を持ち、優秀な魔法使いを輩出することが多かったのである。
ローレンス家は「暁闇の五家」だけが教団内で権力を持ち続けることをあまり快くは思わなかったため、百年程前から五家と血縁を結ぶことを避けるようになったのである。
五家もそのことは承知しており、ローレンス家に取り立ててもらったことに対する恩義を忘れないようにするために「名前」に恥じぬ行動を心掛けているが時折、実家の名前を全面に出しつつ、「力」の意味を履き違える者も居たらしい。誰とは言わないが。
そのような事情もあり、ローレンス家と五家の婚姻は憚られていたのだ。
また、王家にも遠慮することなく口を出せる立場として確立していたヴィオストル家には、年頃のオルキス・ヴィオストルと婚姻を結び、家同士の繋がりを持ちたい貴族達による争奪戦が行われていたらしい。
様々な家から縁談を申し込まれていたオルキスは辟易としており、縁談に関する手紙が届くたびに魔法を使って、速攻で灰にしていた。
彼は自分の実力を出せる教団で活動することを望んでいたため、貴族としての結婚は絶対にしないと当主だった父や次期当主である兄に常々、零していたのだという。
エリオス曰く、オルキスは普段は穏やかに笑う優しい人柄をしていたが戦闘時や任務の際には冷静さと冷徹さを備えた魔法使いとして活躍していたようで、見た目はエリオスに似ているらしい。
だからこそ、オルキスが自らアルティアへと求婚したことは周囲を大きく驚かせることになった。
所属している魔物討伐課では実力が上位で、そして美しい金髪と空色の瞳を持ち、清廉とした表情で魔物を容赦なく滅し、更には治癒魔法にも長けているため、傷を負った者を優しく癒す力を持っていたが、それを決して自慢することのない慈愛と高潔の魔女──それがアルティア・ローレンスだった。
二人が出会ったきっかけはオルキスが合同任務の際に少し失敗して、怪我を負って動けなくなっている時に颯爽と現れたアルティアがオルキスを担ぎ上げ、安全な場所まで連れていき、その場で治癒魔法をかけて癒してくれたのだという。
細身の女性とは思えない程の筋力と有無を言わせぬ気迫、だが怪我を負ったオルキスを優しく励ましながら手当をしてくれるアルティアの姿にオルキスが一目惚れをしたのだという。
最初は交際の申し出を断っていたアルティアだが、やがてオルキスの熱意と愛情に根負けして恋人として付き合うことになった。
この話はエリオスの母が幼いエリオスに対して耳が痛くなる程に「物語みたいで素敵よねぇ」と何千回も聞かされた話らしい。
エリオスの母は貴族との政略結婚だったので、恋愛結婚をした次兄を微笑ましくも羨ましいと思っていたようだ。
そして、アルティアとの結婚が世間的には難しいだろうと言われ始めるとオルキスは「ヴィオストル家」の名前を捨てることを選び、アルティアと結婚することを選んだのである。
アルティアとオルキスが結婚すれば、ここ百年程保たれていた血筋の均衡が崩れる可能性があった。それでもオルキスは自分の実家と絶縁してまでアルティアと結婚することを選び通したのだ。
名無しとなれば、彼は「ヴィオストル家」の人間ではなくなる。アルティア・ローレンスと結婚したのはただの「オルキス」という人間だと言い張って、結婚したのだ。
傍から見れば、それは屁理屈のようなものだと言われかねないがそれでもオルキスは本気だった。
この結婚により、オルキスとアルティアは教団本部の最前線で活躍することから引退した。
結婚後、二人は教団に籍は置いてはいるが団員としての仕事を辞めて、アルティアの実家がある故郷へと移り住み、新婚生活を送ることとなった。
そうすることで、たとえ強い魔力を持った子どもが生まれたとしても、教団に関わらせないようにしたのである。
家々の均衡を保ち、特出し過ぎた家を出さないようにするため、オルキスは実家の名前を捨て、そして縁を切ったのだ。
その後、移り住んだアルティアの故郷で、オルキスは教団に属している教会関係の仕事に就き、魔物や違法魔法使いを相手にしていた頃とは比べものにならない程に穏やかに生活していたらしい。
実家である「ヴィオストル家」の名前は捨てたが、それでも家族の縁は切ってはいなかったようで、オルキスの妹はよく息子のエリオスを連れては田舎のローレンス家に遊びに来ていたらしいので、家族仲は良好だったのだろう。
ただ、当主や次期当主となる父や兄と会うことはほとんどなかったため、絶縁状態だったのは間違いない。
それでもオルキスは妻となったアルティアや生まれて来たアイリス達姉弟と安寧の地で静かに、穏やかに過ごすことで「力」を持った家にはならないということを示し続けたのだ。




