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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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情報操作

 

「……は、はい?」


 間抜けな表情と声色で、何とか声を発したのはミレットだった。


「え、あの……ブレアさん? それ、本気で言っています?」


「うむ。人の命を脅かす肉食獣が夜の街をうろつくとなれば、誰もが真っ直ぐと家に帰るだろう。ああ、もちろん、本物の肉食獣を動物園の檻から出すわけではないぞ? 誰もが想像しやすい『肉食獣』を空想の存在として作り上げ、全ての責任をそいつに担ってもらうだけだ。……そうだな、全体的な話の流れとしてはとある金持ちが外国の売人から購入した『肉食獣』が自宅の檻から逃げてしまった、という感じでいこうか。この『肉食獣』は人を見境なく襲う獰猛な獅子ということにしておこう」


 まるで物語を紡ぐようにブレアはつらつらと述べていく。


「えーっと……。つまり、情報操作による一般人の安全確保、ということでいいでしょうか」


「まぁ、簡単に言えばそういうことだな。それに仮に魔物の姿を一般人に目撃されたとしても、逃亡した肉食獣だと言い張れるからな。魔物を討伐している最中も『肉食獣』の捕獲中と誤魔化すことも出来るだろうし」


 腕を組みつつ、妙案だろう言わんばかりにブレアは鼻を鳴らしている。彼女の考えの中では、最適だと思えるものを提示したのだろう。


「はぁ……。肉食獣を市街に放つなんて言うから、驚きましたよ。……でも、情報操作ならば簡単に出来そうですね」


 ミレットもブレアの提案に乗り気らしい。確かに本物の獰猛な肉食獣を世間に放つわけではないが、一般人に大きな不安を与えてしまわないだろうかとも思えた。


 だが、人間というものは不安を抱く程に憶病になり、そして自分や大事な人間を守るために殻を作る生き物だ。


 自分達の命を脅かす存在が夜を闊歩していると知れば、誰でも身を守るために家の中へと籠るだろう。それならば、ブレアによる提案は案外、良い物なのかもしれない。


「となれば、ロディアート警視庁の上層部とも交渉しないといけなくなるな」


 ブレアの提案に乗るようにエリオスが口を出す。


「この場合、市民の安全を脅かす存在である『肉食獣』を捕まえるのは警察の仕事だと訴える輩も出るだろう。だが、『専門職』が夜通しで捕獲する、ということを警視庁側に申請しておかないといけないな。警察の人間が外を出歩かないように上から圧力をかけておかないと」


 恐らく、自分の知らない場所で教団と警視庁側との交渉の場が設けられることになるのだろう。警察の人間と言っても、教団側にとっては一般人に過ぎない。

 魔力を持たない人間が魔物を討伐するのは難しいため、他の一般人と同じように安全な場所に居てもらった方が教団側としては動きやすいのだ。


「王宮側にも同じように市民向けに通達してもらいましょう。翌日の朝には『肉食獣』を捕まえたということにして、ロディアート市内に住む一般人に安全を通達しないと」


「そうだな、そのあたりも上手く治めるために、『肉食獣』の設定をもっと凝らさないと駄目だな」


 どうやら、空想の存在である『肉食獣』の設定をこの場で練っているようだが、時間はあまり残っていない。

 クロイドは小さく咳払いをしてから、『肉食獣』の設定を言い合っていた三人をとりあえず治めることにした。


「あー……。とりあえず、一般人の安全を確保する件についても王宮側に提示してきますので」


「おお、そうだったな。……それじゃあ、クロイド、エリオス。お前達、二人に任せてしまうようで申し訳ないが王宮側を説得する件、頼んだぞ」


「はい」


「お任せ下さい」


 ブレアに対して、クロイドとエリオスは同時に頷き返しつつ、立ち上がった。


「では、クロイド」


 エリオスはくるりとクロイドの方に身体の向きを変えてから、とある提案を口にした。


「一度、ヴィオストル家に寄らせてもらってもいいか」


「ヴィオストル家に、ですか?」


「ああ。……王宮に行くならば、それ相応の装いが必要だろう? 伯父達が衣装を貸してくれるとのことだから、絶対に立ち寄れと言われていてな」


「確かに私服のままでは王宮に入ることすら出来ないでしょうね」


 以前、王宮に侵入した際には使用人のお仕着せを着ていた上に、通行許可の手形を持っていたため、易々と入ることが出来たのだ。

 だが、今回は正式に謁見の申し込みをした上での登城となるため、ちゃんとした装いでなければ入れないだろう。


「すみません、手を貸してもらうことになってしまって」


「いや。むしろ、ヴィオストル家の伯父達からは絶対に連れて来いと言われている」


 どこか面白がるような口調でエリオスはそう言っているが、何故か嫌な予感がしてきたのはどうしてだろうか。


「え?」


「アイリスの父親がヴィオストル家の出身なのは知っているだろう?」


「ええ」


「今から支度をするためにクロイドを連れて行くと伝えたんだが、その際にアイリスの恋人だと説明したんだ」


「っ……!」


「向こうは凄く興味津々といった様子だったぞ。まぁ、色々と根掘り葉掘り聞かれることになるかもしれないが、頑張れ」


「えっ、ちょ、エリオスさんっ!?」


「ちなみに伯父は自分の姪にふさわしい相手か見極めてやろうと言っていた。……頑張れ」


 頑張れとは一体、どういう意味だろうか。

 何となく胃の辺りが痛みを主張し始めたためクロイドは思わず胸元を鷲掴みにしてしまう。


「気負わなくてもヴィオストル家の人達は気さくでいい人ばかりだ。堂々とアイリスの恋人を名乗ればいい」


「……何だか、ヴィオストル家へと行く理由が変わってきていませんか」


「いや、どうせだからアイリスの恋人として紹介しておこうと思ってな。将来、結婚するならば挨拶に行くだろうし、それの予行練習とでも思うと良いさ」


 だからと言って、この状況下で「アイリスの恋人」として紹介しなくてもと思ったがクロイドは口にすることは出来なかった。


 視界の端に映るブレアとミレットは面白いものを見たと言わんばかりの表情をしているが、こちらの立場を気にして欲しいところだ。


「……行きましょう、エリオスさん」


「ああ」


 色々と乗り気なエリオスと共に、クロイドは苦いものを食べたような表情を浮かべつつ、情報課を出ることにした。

 

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