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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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それだけの存在

章イメージ扉絵有り。

 


  

挿絵(By みてみん)




 暫く、考えるような素振りを見せていたエリオスだが、やがて何かが腑に落ちたような表情で顔を上げる。


「……そういうことだったのか」


 エリオスはどこか納得しているように呟いた。


「いや、実はアイリスに恋人が出来た時点でクロイドのことはある程度、調べさせてもらっていたんだ。まぁ、どれほど調べても田舎の教会に居た以前のことを突き止めることは出来なくて、本当はどのような出自なのか、周辺を調べてみたこともあったな。だが、全くと言っていい程、『クロイド・ソルモンド』という人間の情報は集まらなかったが」


「え」


 突然の発言にクロイドは驚きのあまり固まってしまう。


「気を悪くさせてしまったのなら、すまない。だが未来のローレンス家の婿となるならば、その相手の身元は調べておいた方がいいだろうと思ってな。……ジーニス・ブルゴレッドという厄介な存在が居たからな。あの義弟よりも五十倍ほど性格が良くて、アイリスを一番に思って行動出来る奴でなければ認めないと思っていたが想像以上に誠実かつ真面目、そしてアイリスを一途に想ってくれる最高に素敵な人間が恋人になってくれて安堵していたんだ」


「エリオス、その辺にしておいてやってくれ。クロイドの身体が蒸発するぞ」


 ブレアが呆れ気味にエリオスを窘める。一方でクロイドの方はというと、エリオスからの予想外の高評価を突然受けたことで赤面していた。

 身体中が熱くなってしまい、普通の表情をすることが出来ずにいたのでブレアからの助け船に心から感謝した。


「おっと、失礼。つい本音を言ってしまった」


 そう言って短く謝るものの、エリオスは悪気がないと言わんばかりだ。

 いつかは義理の兄になるであろう人物からの評価を貰って、嬉しくないわけがないがそれでも時と場合を考えて欲しかったとはさすがに言えなかった。


「……まぁ、つまり。俺にとってクロイド・ソルモンドという人間は()()()()だということだ」


 落ち着いた声色が聞こえて、クロイドは顔をゆっくりとエリオスの方へと向ける。彼は「兄」の表情をしていた。


「君が元王子であろうと、なかろうとも。俺の妹であるアイリスを真に想ってくれる人間は君一人だ。……俺にとって、クロイドという人間はそれだけでいいんだ」


「エリオスさん……」


 存在の全てを否定することなく受け入れてくれたエリオスに対して、クロイドは再び目の奥がつんと傷んだように感じていた。


 従兄妹ゆえに彼とアイリスの顔と似ているからだろうか。


 一瞬だけ、目の前にアイリスが映ったように見えてしまう。そして、二人の心根はどこまでも澄んでいるように感じてしまっていた。


「だが、せっかく王宮側との縁を持っている人間がここに居るんだ。使わない手はないだろう」


 そう言って、エリオスは目をすっと細める。恐らく、彼としては笑っているつもりなのだろうが、エリオス本人を知らない人間であれば睨まれているように見えてしまうだろう。


「王宮側と交渉する内容としては、王宮内に教団の団員を今晩、派遣する件だけで宜しいでしょうか」


 笑みを引っ込めたエリオスはブレアへと静かに訊ねる。ブレアは肯定するように首を縦に振りつつも言葉を続けた。


「ああ。……それと出来る範囲で構わないんだがもう一つ、交渉して欲しいことがある」


「何でしょうか」


「今夜、二十一時の時点でロディアートに住まう全市民が外出を控えるように働きかけることを王宮側から通達して欲しいんだ」


「それは……」


「ロディアートの市民に向けた王命を発令して欲しいということでしょうか」


 ブレアの提案にその場に居る者達はごくり、と唾を飲み込む。


「そうだ。一般人が外に出ないように配慮してもらえれば、教団の団員達も魔物との戦闘が行いやすくなるだろう。それだけでなく一般人の安全性も格段に上がるはずだ。……どれ程の魔物が出現するのか分からない以上、一般人を守りながら戦闘を行うとなれば手が足りなくなってしまうからな」


「それは確かにそうですが……」


「緊急時とは言え、通達される内容には明確な理由が必要となりますからね」


 エリオスは良い案が思い浮かばないか、深く唸りながら口元を右手で押さえる。


「うーん……。一般人に不審に思われることなく、家に籠らせる理由、ねぇ……」


 情報通であるミレットも何とか自分が持っている情報の中から良い案が出ないか考え込んでいるようだ。


「……電気系統の点検と称して、発電所からの電力供給を一時的に停止させるのはいかがでしょうか」


 クロイドは、物は試しに発言してみる。


「ふむ……。確かにそれならば、動かずに家に居る方が安全だな」


「月明りだけならば、教団の人間は夜目に慣れているからな。だが、発電所を停止させるとなると、後々が大変そうだな……」


 しかし、あまり推奨出来ることではないだろう。人の生活に関わっているものを途切れさせてしまえば、命の危険が及んでしまう人もいるのだから。


「そもそも、人が夜に出歩く理由なんてそれ程、多くはないだろう」


 ブレアは眼鏡をくいっと上に上げてから、溜息を吐く。


「酒場で飲み明かす人間も居れば、外で仕事をしている人間だっている。簡単に言えば、一般人達が夜の街を出歩かないような理由を作ってしまえばいいんだよ」


「作ると言っても、何を……」


 特に使えそうな案は思い浮かばない。だが、ブレアは何か良い案を思いついたのか、にやりと口の端を上げていた。


「例えば、外に出るなと言われても、疑問を持った人間は特に気にすることなく簡単に外へと出てしまうだろう。何故なら、外に出ても自分に直接的な被害がないと分かっているからだ」


 ブレアが思いついているのは良い案というよりも少し意地が悪い案のような気がするのだが、気のせいだろうか。

 いや、話しを最後まで聞かなければ分からないだろう。クロイドはしっかりと耳と意識を傾けることにした。


「相手に少しくらいならば外に出ても良いだろうと思わせるのではなく、絶対に出たくはないと意識させればいいんだ」


「……それで、一体どのような案が浮かんだと言うんですか」


「とりあえず、指名手配の肉食獣でも市街へと放つとするか」


 まるで悪戯を企てる子どものような表情で、ブレアははっきりとした声でそう告げた。

 

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