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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
裏の教団編
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降霊

   

 予想していなかったウィリアムズの言葉を聞いたアイリスは思わず絶句してしまう。

 今、彼が言った言葉の意味を全く理解出来なかったからだ。


「ねぇ……ちょっと! どういうことよ! 総帥って……何の話なの!?」


 エイレーンの魂を自分の魂と引き換えに降ろす、そういうことではなかったのか。


「君は我々、『選ばれし者(シェルティスト)』を知っているかね?」


 その名称は聞いたことはあるが、実際に教団の誰がそうなのかは知らなかった。

 よく、アイリスに嫌味を吐いて来るハルージャなどは「選ばれし者(シェルティスト)」というよりも、個人的に自分の事を敵視しているだけのようだったが。


「魔力を持った我々こそが、神として崇められるべきエイレーンの意志の継承者なのだよ。すなわち、エイレーンを総帥として立てて、我々がその下で彼女の意志を遂行するのだ」


「はぁ?」


 アイリスは思いっきり不満な声を上げて、全く意味が分からないと表情で示すために顔を顰めた。


「エイレーンがこの教団を作った意味……。それは単純に異端者として扱われる魔力を持つ者達を集めるだけではない。魔力に選ばれた者を集め、然るべき日が来るまでに人間を選定するためだ」


「そんなわけないでしょう!」


 はっきりと拒絶するような大きな声でアイリスはウィリアムズに向けて吐き捨てる。


「エイレーンが……彼女がこの教団を作った意味は、ただ普通の人も魔力を持った人も両方が幸せになれるように、そんな世界を目指して作っただけよ! あなた達なんて、エイレーンが行ったことに上乗せするように、自分達が都合の良い解釈をして、彼女を利用しているだけじゃない!」


 黎明の魔女と謳われたエイレーンは、長い間孤独を感じながら生きていたと聞いている。

 自分の事を理解してくれる人達に会うまで、彼女はずっと独りぼっちで、悪い魔女と罵られ、恐れられながら生きてきた。


 だからこそ、自分と同じ扱いを受けた魔力を持った者達の心が分かるのだ。

 そして、彼らを救うためにも彼女は自身を奮起し、この教団を作った。


 だが、この話はローレンス家で語られる話の一部に過ぎない。エイレーンもまた、ただの人間としての人生を幸せに生きたかっただけなのだ。


 だからこそ、エイレーンが皆の幸せを願う心をこの場にいる者達は容易い道具を扱うかのように、ただ利用しているだけに感じたアイリスは彼らを腹立たしく思っていた。


「彼女は呼ばれることなんて、望んでいないわ。たとえ、ここへ来たとしてもあなた達の望むようなことは絶対にならないわ」


「──あら、それはどうかしら」


 場違いなほど軽やかな声が響き、暗闇の中から再びラザリーが姿を見せる。彼女の両手には何かを巻いている白い布が掴まれていた。


「私達の目的は新しく作る教団の総帥にエイレーンを迎い入れて、『選ばれし者(シェルティスト)』の権利を強くし、この国の在り方を変えるだけよ?」


 恐らく、スティルの降霊魔法でエイレーンをアイリスの中へと降ろして、そしてラザリーが声で魂だけのエイレーンを操るといった手筈なのだろう。

 そのようなこと、上手く行くわけがないと笑ってやりたかった。


「それが何のためになると言うの!? 魔力を持たない人が多いこの国で、そんな事をすれば不満が募り、やがて教団は解散せざるを得なくなるわ。それだけじゃない。もしかすると、魔女狩りみたいなことだって起きるかもしれないのよ!? それがあなた達には分からないの!?」


 アイリスははっきりと叫びつつも、耳を澄ませてみれば壇上の下に集まっている人間達が口々に何かを喚いている声が聞こえていた。



 早くしろ、まだなのか。

 降霊を。

 エイレーンを総帥に──。



「ふふっ……。心配いらないわ。魔女狩りなんて馬鹿げたことが起きないように、私達が上へと進出するのよ」


 満足そうな笑みを浮かべて、ラザリーがウィリアムズの隣に立つ。叔父と姪の関係である二人が横に並ぶと、確かに鼻の形などが似ているように思えた。


「貴族や王族よりも強い権限を持って、力でねじ伏せようっていうの?」


「まあ、勘がいいわね。私、あなたのそういう聡明なところ、嫌いじゃないわ」


 ご機嫌な声を上げて笑うラザリーに対し、ウィリアムズは無表情に戻っていた。


「さて、そろそろ時間だ。儀式を始めよう。スティルは降霊の準備を」


「分かりました。ラザリー、儀式用の剣を」


「ええ。……でも、その前に」


 ラザリーが持っていた布を開いて、そこから抜き身の短剣を取り出す。真っすぐとただ、光の線のように揺るがない美しい剣だった。

 こんな状況でなければ、これほどの代物を見られたことに喜んだりするのだが、今はそんな場合ではない。


 ……私、本当に死ぬの?


 現実であるはずなのにどこか他人事のように、そう思えてしまう。

 今から、死が迫って来る。それがどうしても理解できない。


 以前の自分なら、死ぬ事を恐れたりはしなかった。

 魔犬を討つという明確な目的があって生きてきたが、死に対しての恐怖は薄かったように思える。


 おそらく、死に対して恐れを抱かなかったのは、命を落とせば先に亡くなった家族の元へ行けると感覚的に思っていたからだろう。

 たった一人、残されて生きることがどれ程、悲しく寂しいものだったか十分過ぎる程に味わってきた。だから、死ぬのは怖くなかった。


 でも、今は違う。死ねない理由があった。

 それはただ一つ。約束をしたからだ。


 ……クロイド。


 きっと、彼と出会って感性が変わってしまったのだ。いや、感性などと固い言葉でまとめたくはない。


 心が生きたいと、彼と一緒に生きて、二人で願いを叶えたいと思っているから。

 だから、死にたくはないのだ。死ぬわけにはいかないのだ。


「……絶対に、エイレーンは来ないわ」


 それは最後の抵抗だった。


「彼女は絶対に来ない。たとえ、同じ血が流れている私を生け贄にしたとしても、エイレーンは来ないわ」


 不敵に笑みを浮かべる。自分が言った言葉に、どうしてこれ程までに自信があるのかは分からない。それでも、エイレーンがここへ来ることはない。

 他ならない、子孫であり同じ血を持つ自分が心ではなく、魂の底からそう言っているように思えた。


 だが、すぐ近くにいるウィリアムズ達三人は返事をしない。

 これから行う降霊魔法が失敗しないという自信を持っているのか、それとも他に何かを企んでいるのかは表情から読み取ることは出来ない。


「……勇敢なあなたの事だもの。きっと、こうでもしないと舌を噛み切ってしまうわね」


 ラザリーが不気味な笑みを浮かべながら、先程、剣が包まれていた布をアイリスの口へと押し当てるようにしながら、口を閉じることが出来ないように頭の後ろに結んでいく。


「んぐっ……!!」


 無理やり、口へと細く伸ばした布を咥えさせられ、自ら命を絶つ選択さえも奪われてしまう。

 手も足も自由に動くことは出来ずにその瞬間を待つしかないのだと、この時思い知らされた。




「諸君! これより、降霊の儀式を行う」


 ウィリアムズの声に反応するように、壇上の下から送られる拍手と喝采は徐々に大きいものへと変わっていく。


 ……動いて、お願いだから。


 力を入れても身体を縛るものを解くことは出来ない。

 魔法がかかっていないなら、力づくでどうにかして逃げたかった。


 ふと、天井へと目をやる。天井に付けられた窓には、月が見える位置まで上ってきていた。今日は満月だったのか。

 何て、綺麗なんだろう。


 思わず、涙が出そうになる。

 まだ、やりたいこともやらなければいけないこともたくさんあった。



 ブレアに今までお世話になったお礼を面と向かってちゃんと伝えていないし、ミレットにはこの前の短剣の代金も払っていない。


 クラリスにいつも迷惑をかけているお詫びだってしていないし、ヴィルにミレットのことを頼むとお願いをしていない。


 ハルージャだって、本当は仕事が出来て、いい人だと見直したって言ってもいいと思っている。



「さぁ、はじまりよ」


 ラザリーがそっと後ろへと下がり、今度は短剣を持ったスティルが前へと出てくる。

 その笑みは探していたものが見つかったような、そんな嬉しくて堪らないといった顔だった。


 ……嫌。私、死にたくない。


 目を瞑って、また開けば、それは悪い夢だったと笑える自分がそこに居て欲しいとさえ願ってしまう。


 だが、それを現実へと戻すのは、自分の首元に下げられた一つの願いの結晶だった。その冷たさだけが自分を現実へと押しとどめる。


 黒い石が付いた首飾りだけは着替える時に外さないでいてくれたらしい。恐らく、これが魔具ではなく、ただの石だからであろう。


 クロイドから貰った黒い石を昨日から、ずっと下げていた。

 気に入ったなんて、そんな簡単な言葉で表現したくはない。これは宝物の一つだ。大事で、絶対に手放したくないもの。


 ……クロイド。……助けて、お願い……


 願いさえも、声に出すことはできない。


 スティルが短剣を両手で持ち、刃先を下へと向ける。その先にあるのは、自分の心臓だ。




 どうか、どうか、助けてほしい。

 私は生きたい。生きていきたい。


 ずっと、自分と戦い続けると心に誓った。

 クロイドと一緒に、クロイドのために。



 少しずつ迫りくる、まだ知らぬ痛みから背けるようにアイリスは目を閉じた。

    

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