身の上話
「さて、顔ぶれは揃ったようなので、イリシオス総帥からの提案についての話を進めましょう」
エリオスはクロイドから手を降ろして、椅子に座りつつ、ブレアに向かってそう告げる。
「エリオス、受けてもらえるか」
ブレアと同様にクロイドもエリオスの真正面へと座りなおした。
「教団と王宮を繋ぐ橋渡しの件ならば快く、引き受けましょう。先程、新しく繋がれた通路を使って、さっそくヴィオストル家に連絡を入れました。王宮に向かうならば伯父達もヴィオストル家の名前を使っても構わないと返事を頂きましたよ。すでに王宮側に謁見の申し込みをしているそうです。予想以上にこちらの状況を理解してくれたので助かりました」
何と手際が良いのだろうか。エリオスは通路が繋げられて、団員達に開放されてからのこの短時間でヴィオストル家の当主と話しを付けたらしい。
「そうか。ヴィオストル家には色々と世話になってしまうな。今度、お礼を言いに行かせてもらうよ」
「あの人達ならば、堅苦しいことは気にしないと思いますが。……まぁ、そういうわけでヴィオストル家が後ろ盾になってくれるので王宮には簡単に入ることは出来るでしょう。問題は王宮に入った後、ですが」
「……王宮に入った後のことならば、俺に任せて頂けませんか」
「ほう?」
クロイドの発言をさして驚く様子はなく、ただ意外だと言わんばかりにエリオスはそう告げる。
「王宮に知り合いでも居るのか?」
「……」
クロイドはその問いかけに黙り込んでしまう。
元からクロイドの出自を知っているブレアだけでなく、ミレットもすでにクロイドが元第一王子だったことは知っている。
教団内で他にクロイドが第一王子であった「クロディウス・ソル・フォルモンド」だったことを知っているのは両手で数えきれる程しかいない。
この状況下でエリオスに自分は元王子だと伝えておいた方が、話しは円滑に進むだろう。彼は誰にでも他人の秘密を話して回るような性格ではないので、伝えておいてもいいかもしれない。
心配するような表情を向けてくるブレアとミレットに向けて、クロイドは薄っすらと笑みを浮かべてから、エリオスへと言葉を零した。
「これから話すことを他言しないと約束して頂きたいのですが」
「分かった。誰にも言わないと誓おう」
表情を変えることなく、エリオスは淡々とした様子でそう告げたが、真面目で誠実な彼のことなので約束は守ってくれるのだろう。
誰も聞き耳を立てられないようにと周囲にはすでに防音の結界が張ってある。
このことが他の団員の耳に入ってしまえば、新たな混乱を招いてしまう可能性があるため、出来るだけ用心しなければならないのだ。
クロイドは何度か深呼吸を繰り返し、そして真剣な表情のまま静かに告げた。
「俺はイグノラント王国の第一王子だった『クロディウス・ソル・フォルモンド』です」
「……」
クロイドの発言にエリオスは特に表情を崩すことなく、耳を傾けていた。
疑っているのか、驚いているのか。どちらの感情を抱いているのかさえ分からない程に、彼の表情は動かなかった。
「数年前、王宮に魔物──『魔犬』が入ってきて、その際に俺は魔犬から呪いを受けました。俺を庇おうとした母もその時に亡くなっています」
「呪い……。ああ、だから『呪われた男』という呼び名が付いていたのか。……それでアイリスと共に魔犬の行方を捜していたんだな」
エリオスはなるほどと言うような表情を浮かべて頷いていたが、視界の端に映っているブレアが関心を持った部分はそこだけかと言いたげな表情を浮かべていた。
「そうです。……クロディウスという存在は国民向けには病死したことになっていますが、王宮の人間は魔犬の呪いを受けた俺を遠くの教会へと押しやりました。……そのことに怒りを抱いているわけではありませんが当時は虚しく思っていました。その後、名前を『クロイド・ソルモンド』に変えて、教会に身を置いてから暫くして、俺は亡くなったということになっています」
「それは……」
「俺が受けた呪いは十三年の月日が経つとともに『魔犬』へと姿を変える呪いなのです。……その呪いを解く方法は今のところどこにもありません。いずれ魔物になってしまう人間を王宮に置くことも出来ず、表向きに生死を真実のまま公表することも出来ない。クロディウスという存在は王宮という枠組みから無理矢理に外された人間なんです」
以前の自分だったならば、身の上話をするとなればクロイドを庇って亡くなった母に対する罪悪感で胸の奥が痛んでいただろう。
母のことを思えば、今も苦しくなってしまう時がある。それでも、以前ほど暗い感情を持つことはなかった。
恐らく、アイリスが自分の中に抱いていた咎と後悔、自責を半分ずつ、持ち去ってくれたからだろう。だからこそ、今はあの時に比べたら苦しさが小さくなっているように感じた。
「……先日、王宮での任務があった際に数年ぶりに双子の弟であるアルティウス王子と再会しました。向こうは俺が生きていて、教団に身を置いていることも名前が変わっていることも知っています。もし、国王に謁見が出来ない場合はアルティウス王子に『クロイド・ソルモンド』の名前を出してみて下さい。そうすれば、彼ならば教団側で何かが起きたと察してくれるでしょう」
全てを話し終えたクロイドはふっと短い息を吐く。やはり、自分の身の上話を聞いてもらうのは緊張してしまうものだ。
それでも、心はそれほど重くなることはなかった。少しは自分の心も成長しているのだろうか。もし、そうならばきっとアイリスのおかげに違いない。




