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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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進む人達

 

「エリオス、来てくれたのか」


 サンドウィッチの最後の一欠けらをごくりと飲み込んでから、ブレアが立ち上がる。

 そういえば、イリシオスがエリオスを呼びに行かせていたことを思い出して、クロイドも同じように立ち上がった。


「……おはようと言うべきか、お疲れ様と言うべきか。……どちらにしても、気楽な挨拶が出来る状況ではないですね」


 ブレアに向けて返事をしつつもエリオスはふっと深い息を吐き、どこか憂いたような瞳でクロイドを見つめ始める。


 恐らく、彼もアイリスが今、どのような状況に陥っているのか知っているのだろう。だからこそ、普段から無表情な顔が更に色が無いように見えてしまうのかもしれない。


「……エリオスさん。すみません、約束をしたのに……」


 ──アイリスを守れなかった。


 そう口にしなければならないのに、クロイドは言葉を零すことが出来ず、下を向いてしまう。


 謝る言葉しか出て来ない。

 自分の情けなさを改めて自覚しているような気がして、クロイドは唇を噛んだ。


「……俺が怒ると思っているのならば、顔を上げろ」


「っ……」


 感情の読めない声色によって引き上げられるようにクロイドは顔を上げる。そこには色の無い表情を向けてくるエリオスがいた。


「歯を食いしばれ、クロイド」


「……」


「え、ちょっと、あの、こんな場所で……」


 エリオスがクロイドを殴る気だと気付いたミレットが慌てた様子で止めに入ろうとしたが、クロイドはすぐに彼女を右手で制した。


 自分はエリオスの拳を受けなければならないと思ったからだ。彼が怒りで満ちても仕方がないことを自分はしたのだ。

 それならば、どのような痛みが伴おうとも、受けなければならないだろう。


「どうやら、自覚はあるようだな。ならば、本来の二分の一程度の強さに抑えてやろう」


 そう言って、エリオスは右手を構え、気迫を込めた短い息を静かに吐いた。

 エリオスの右手の拳を受け入れるためにクロイドは瞳を開けたまま、その時を待った。


 近くにいたミレットが短く、小さな悲鳴を上げる。ブレアは止めることなく、こちらを静かに見ていた。


 風を切る音が自分の方へと近づいてくることを感知しても、クロイドは動かなかった。


 

 ──ぽんっ。



 何故か、柔らかいものを頭上に感じて、クロイドは目を瞬かせる。何が起きたのだろうか。

 ただ一つ、分かることはクロイドへと触れてきたのは勢いのある拳などではなかった。


 黒髪の上にぽんっと優しく乗せられたのはエリオスの右手で、彼はクロイドの頭を優しく撫でているだけだった。


「俺が怒りを抱いている相手は、教団と団員達を今の状況へと陥れた『悪魔』だけだ」


「……」


「クロイドがアイリスを守ると言ってくれたように、アイリスだってクロイドを守りたいと思っていたはずだ。あの子はそういう人間だ。……そうだろう、クロイド」


「それ、は……」


 息が出来なくなってしまいそうだった。


 どうして、エリオスは優しい言葉を自分へとかけてくれようとしているのだろうか。エリオスにとって大事な従兄妹であるアイリスだが、二人を見ていると本物の兄妹のように見えていた。


 彼にとっての妹を奪ってしまったのは自分だというのに、それでもエリオスは怒りを表すことなく、クロイドの頭を静かに撫で続ける。


「大丈夫だ。まだ、終わりじゃない。諦めるには早過ぎる」


 やがて、優しい手付きは激しいものへと変わっていき、がしがしと強めに頭を撫でられる。

 涼しげな容姿からは想像出来ない程に少々乱暴な感じがしたが、逆に安心してしまう温かさがそこにはあった。


「クロイド。君も教団側からの使者として王宮へと赴くつもりだと聞いた。それは君にとっては戦いに身を投じている意味になるはずだ。……クロイドこそ、諦めていないのだろう?」


 優しく諭すような口調でエリオスは訊ねてくる。


 いつからだろうか。自分にとってもエリオスが兄のような存在だと感じ始めたのは。

 頼り甲斐のある先輩という関係の枠組み以上の存在だと感じてしまっているのだ。


「諦めていないというならば、俺は手を伸ばすだけだ。頼れ。そして、手を掴め。君がアイリスと共に過ごして、どのようなことを感じていたのか自覚しているならば……。もう手が施せないと認識する最後の瞬間まで、自分を責めることを後回しにしろ。だからこそ、俺は君を責めたりしない」


「っ……」


 そこには頼もしげな表情をしたエリオスがいた。アイリスとクロイドにとっての先輩で、そして兄となった存在が。


「……ありがとう、ございます……」


 クロイドは思わず顔を再び下に向けてしまう。でなければ、瞳から零れそうになるものをエリオスに見られてしまうと思ったからだ。


 そんなクロイドの気持ちを察しているのか、エリオスはどこか手のかかる弟を見るような瞳を向けていた。


 クロイドは改めて自分を取り巻く周囲が恵まれていることを自覚する。

 誰もクロイドを責めず、諦めることなく真っ直ぐと立ち続ける者ばかりだ。


 そんな彼らを誇らしくも思うし、自分も同じように真っ直ぐと立っていたいと思えた。


 瞳に浮かびそうになった涙を服の袖で素早く拭ってから、クロイドは顔を上げる。真っ直ぐに前だけを見る。

 それは自分がアイリスから教わったことだ。


 諦めずに進み続けることの難しさと勇ましさを教えてくれたのは、自分にとってたった一人の相棒で、そして大事な人だ。彼女の意志を絶対に無駄になどしない。


 クロイドはエリオスから伝わってくる手の温度の温かさを感じつつも、心の奥底で熱を燃やし続けた。

 

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