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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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木製の扉

 

 それまで何もなかった白壁に浮かび上がるように出現したのは、どこにでもあるような木製の扉だった。扉の取っ手は金属製だが、少しだけ錆びているような色合いをしている。

 端から端を見渡しても、精霊が作ったものだとは思えない程に、飾り気のない扉だ。


「これが……」


 空間を操る精霊、アイルとリアンの魔力によって生まれた扉はまるで最初からそこに存在していたような佇まいをしていた。

 何も違和感がないのだ。そう思える程にあまりにも「普通」に思えた。


「良かった……。ありがとう、アイル。君のおかげで、扉が……」


 それまで精霊と会話をしていたリアンだったが、急に支えを失ったように足を崩していく。


「リアン!」


 素早く前方へと飛び出したのはイトだ。彼女はリアンが床へと身体を打ちつける前に身体を滑り込ませる。そして、ぎりぎりのところでリアンの身体を抱きとめた。


「リアンっ!? 大丈夫ですか、リアン!」


 リアンを腕に抱きとめたイトは焦った表情のまま、呼びかけ続ける。リアンは小さく呻くものの、返事が出来る状態ではないようで、瞳を開けることはなかった。

 イトの側へとブレアは近寄り、腰を下ろしつつリアンの様子を窺った。


「ふむ……。どうやら魔力不足によって倒れたみたいだな」


「魔力不足……」


「先程、精霊に魔力を譲渡していたからな。それにより、自身の魔力が減って、不安定な状態になっているんだろう。……無茶なことをさせてしまったようだ」


 ブレアの表情が少しだけ歪む。リアンに無理をさせてしまったことを気に病んでいるのだろう。


「……リアンは自分のやれることをやっただけだって言い返すに決まっています。だから、どうか謝らないで下さい」


 イトはリアンの身体をぎゅっと抱きしめつつも、彼のことを心配し過ぎて顔色が悪くなっていた。


 普段は軽いやり取りをしている二人だが、それでも相棒としての信頼関係を築いているため、相手のことを欠けて欲しくはない人物だと思っているのだろう。

 その気持ちが痛い程に分かるクロイドはリアンに対する申し訳なさを少しだけ抱いていた。


 リアンは気を失ってはいるが、ちゃんと呼吸はしているし、脈もあるようだ。そのことに安堵しつつ、クロイドはイトへと言葉をかけた。


「リアンを医務室へと連れて行こう。魔力不足に対応してくれる医師がいたはずだ」


 魔力不足のまま、身体を放置すれば危うい状態になりかねないので早めに対処した方がいいだろう。それを分かっているのか、イトも少しだけ青ざめた表情のままで短く頷き返した。


「……そうですね。私はリアンを医務室へと運んでくるので、どうか皆さんはそのまま、やるべきことを続けていてください」


「一人で大丈夫か?」


「リアン一人くらいならば運べますよ。小柄ですが、こう見えて筋肉はあるので」


 そう言って、イトはリアンを背中に抱えなおしてから、ゆっくりと立ち上がる。


「イト。リアンの目が覚めたら、お礼を言っておいてくれるか。あとで見舞いに行くが、まだやることがあるからな」


「分かりました。……それでは」


 イトはリアンを抱えたまま、こちらに向けてぺこりと頭を下げる。そして、重いものを持っていないような身軽さでその場を駆け抜けるように去っていった。


「……すまない、リアン、イト。ありがとう」


 イトの後ろ姿を眺めつつ、ブレアが苦しそうな表情で呟いた。


「だが、リアンのおかげで前に進むことが出来そうだ」


 ふっと短く息を吐いてから、割り切ったような顔でブレアは目の前に現れた扉へと視線を向ける。

 精霊によって作られた扉は言わば、未知なるものだ。さすがのブレアも慎重になっているのだろう。


「……ミレット」


「はい」


「私が扉の中へと入り、空間が繋げられているかを確認してくるから、その確認が出来次第、すぐにイリシオス総帥へと連絡を入れられるように準備しておいてくれ」


「分かりました」


 こくりと頷きつつ、ミレットは伝達用の魔具をすぐに準備し始める。


「クロイド。お前は扉のこちら側で待機しておいて欲しい。扉を開けたまま、閉めないようにしてくれ」


「了解です」


 ブレアが一人で扉の内側へと入るつもりらしい。何度か深い息を吐いてから、ブレアはぱんっと音を立てるように両頬を叩いた。


「よし、行ってくる!」


 腹を括ったのか、気合を入れなおしたブレアは木製の扉の取っ手へと手をかけた。


「……空間を操る精霊よ。協力してくれたこと、深く感謝する。──ありがとう」


 何も無い空間に向かって、ブレアははっきりとした声で呟いた。自分達の瞳に精霊を映すことは出来ないが、それでも感謝していることが伝わって欲しいという思いは誰でも同じらしい。


 ブレアはぎゅっと扉の取っ手を握りしめ、そして──ゆっくりと木製の扉を開いた。

 

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