精霊との交渉
「り、リアン……。今、精霊と契約を……結んだんだよな?」
どこか確かめるようにブレアは顔を引き攣らせながら、リアンへと訊ねる。
「え? 契約?」
振り返ったリアンはこてんと首を傾げてから、どういうことだと言わんばかりの表情を浮かべる。
「……やはり、意識しないまま契約を結びましたか。本当、そういうところ抜けていますよね……」
イトは右手で頭を抱えつつ、呆れたように呟く。
「リアン。とりあえず、あなたと仲良くなった精霊にこちらに協力する意思があるか、訊ねてもらえませんか。……でなければ、そろそろ期限となる時刻が迫って来ていますので」
イトが冷静にリアンへと促すと、彼は当初の目的を思い出したようで、はっとしたような表情をしていた。
「そうだった! ……ええっと、アイル。君にお願いしたいことがあるんだけれど、聞いてもらえるかな?」
リアンはさっそく、「アイル」と名付けた精霊に協力を仰いでいるようだ。手を出すことは出来ないため、クロイド達はリアンが精霊に交渉する様子を少し離れた位置で見守ることにした。
「君は以前、空間と空間を結ぶ通路を作ったりしていたんだよね? そうそう、その木製の扉のこと。それでね、今は教団を覆っている結界から団員が外へと出られない状況になっているんだ。うん、どこの通路を通ろうとしても、通過出来ないようになっているんだって。だから、空間を操ることが出来る君の力をどうしても借りたかったんだ」
交渉は上手くいくだろうか。はらはらとした気持ちのまま、クロイド達はリアンを見守る。
「もし、手伝ってくれたら、俺の顔くらいに大きくて美味しいクッキーをご馳走するよ! あのねぇ、こーんなに大きいんだよ!」
リアンは両手を使って、いかにクッキーが大きいのかを表現しているようだが、クロイド達からは何とも言えない空気が流れていた。緊迫した雰囲気を壊すのは彼の得意技らしい。
「……彼に交渉役は無謀でしたか……」
「いや、リアンだからこそ、やれることがあると信じている……」
「お菓子で精霊を釣ろうとするなんて、きっと全人類の中で彼だけですよ……」
呆れているのか、感心しているのか分からない口調でイトはそう呟いていた。
「どうかな? ……えっ? いいの!? わぁ! ありがとう、アイル! 凄く嬉しいよ! 宜しくね!」
リアンは両手を精霊の方へと伸ばしてから、ぶんぶんと上下に振っていた。恐らく、精霊の手を取って、上下に振っているのだろう。
「あの交渉で、精霊が承諾するなんて……。リアン・モルゲン、恐るべし……」
交渉がそれなりに上手いミレットは、戦慄しているような表情を浮かべていた。
「みんなー! アイルが手伝ってくれるって!」
「お、おう……。それはとてもありがたい。……リアンも精霊と交渉してくれてありがとう」
「いいえっ! えっと、それでどこに通路を繋げてもらいますか? さすがに地下牢で別空間を繋げるとなると、他の団員達による移動が大変そうだし、ハワード課長から小言を貰いそうですからね」
「そうだな……。出来るだけ、混沌を望む者の目に留まらない場所がいいからな……」
空間を操ることが出来る精霊を味方に加えたことをハオスに知られるわけにはいかないだろう。そうなると、やはり室内に外部への通路を繋げてもらう方がいいだろうか。
「団員の出入りがしやすい、訓練場の壁に通路を作ってもらうか」
「訓練場ですか」
「ああ。部課が置いてある建物から、それ程遠くはないし、今は人の出入りが少ないはずだ。あの場所ならば誰の邪魔にもならないし、移動もしやすいだろう」
「分かりました。それじゃあ、アイルにもそのように伝えてみますね」
リアンは再び、精霊が居ると思われる方向に身体の向きを向けて話し始める。
「……思っていたよりも、精霊がリアンに対して友好的だったようだな」
安堵した表情で、ブレアはふぅっと長い息を吐く。
「彼の性質ゆえでしょうね。他の人間ならば、無理だったでしょう。……本当、リアンは天然誑しなんですから」
そうは言っているが、イトもリアンに誑されている自覚はあるようで、視線をふいっと逸らしていた。
「──アイルが訓練場に通路を繋げてくれるそうです」
「そうか。それならば良かった。では、さっそく訓練場へと向かおうか」
「はい」
ぞろぞろと地下牢の物置から出て、クロイド達は再び地上へと戻るために歩き始める。
「……ミレット。期限の時間まで、あとどのくらい残っているんだ?」
クロイドが隣を歩いていたミレットへと訊ねると彼女は胸のポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認し始める。
「……あと二十分程ね」
「そうか……」
イリシオスは一時間後に教団を覆っている結界を破壊すると言っていたが、余裕を持てる程の時間は残っていないらしい。
それを分かっているのか、この場に居る全員の足は先程よりも駆け足気味だ。
……あと、少し。
時限の針はクロイド達の想いに沿うことなく、容赦ないまま動き続けていた。




