精霊使い
時間は迫って来ていても、リアンは真摯な態度で精霊との会話を試みていた。
彼からは焦りは感じられず、ただ今まで独りぼっちだった精霊をひたすら思い遣っているようだ。リアンは心から出たような優しい言葉で精霊と接していた。
「……うん、そうだよね。それならば、いっそのことずっと眠ってしまっていた方が楽かもしれないもんね。誰だって、独りぼっちは寂しいし、悲しいし、苦しいもんね」
人懐こくて、人間が大好きな精霊は誰からも認識されないことから、ここ数十年は精霊の力を使っては再び眠るということを繰り返していたらしい。
それでも、精霊を瞳に映すことが出来る者が現れることはなかった──リアンが今日、ここへと訪れるまで。
「……でもね、暗い場所で眠っているよりも、楽しいことが外にはたくさん待っているよ」
リアンは両手剣を左手で持ち直しつつ、右手を精霊の方に向けて伸ばした。
ここは地下であるため、太陽の光なんて届かないはずなのに、それでもリアンの柔らかい菜の花色の短い髪が淡く光ったように見えた。
「おいでよ、外にはたくさん素敵なものがあるよ。大丈夫、君が望むなら俺は──俺達は一緒にいるよ。寂しい思いなんかさせないし、ここに居るよりも楽しいことをたくさん教えてあげる。君が空白だと思っていた数百年をあっという間に埋めてしまうくらいに、楽しませてあげるって約束するよ」
リアンの言葉には力が宿っているように思えた。それは声に魔力が宿っているものとは別物だと分かっている。リアンの言葉は純真で、透き通っていると思える程に偽りないものだ。
聞いていて、心地よい気分になるのは彼の生粋の性格ゆえだと思っていたが、それだけではないらしい。
「……精霊使い」
「精霊使い?」
ミレットが呟いた言葉に対して、クロイドは訊ね返す。
「精霊と心を通わせて、契約を交わし、その力を使える人間のことよ。私も実在する人物を目にしたのは初めてだけれど……。多分、リアンはただ単に精霊を瞳に映すことが出来るだけの人間じゃないわ」
「それは……」
「精霊と心を通わせることは恐ろしく難しいことだと聞いているわ。だからこそ、リアンのように精霊に受け入れられやすく、好かれやすい人間は精霊の愛し子とも呼ばれているらしいの。それゆえに『精霊使い』になりやすい性質を持っているってことよ」
ミレットは自分でそう説明しつつも、現状を全て記録するために万年筆を手帳へと走らせているようだ。
「まぁ、リアンの場合は精霊だけでなく人間も誑かしますけれどね」
「……ああ、それは同意出来る」
イトの言葉にクロイドは真顔で頷き返す。リアンは精霊だけでなく、人間の懐にも入りやすい人柄を持っているようだ。
「──え? 名前を付けて欲しいって? うーん、そうだなぁ……。君は空間を操ることが出来る精霊なんだよね? つまり、どこへでも行けるってことかな? それなら……」
リアンは右手を何もない空間に差し出しつつ、笑顔で答えた。
「君の名前はアイル! どこへでも行ける翼を持っているからって、意味を込めたんだけれど、どうかな?」
瞬間、リアンの右手の指先から眩い光が放ち、その場を覆っていく。
「これはっ……!」
温かで白い光が視界を埋め尽くしたため、クロイド達は一時的に目を瞑る。だが、眩しさによって視界を奪われたのは一瞬で、すぐに光は治まっていった。
「一体、何が……」
「……多分、今の光は空間を操る精霊と契約を結んだのだと思います」
先程よりも少しだけ、青ざめた表情でイトが答える。
「えっ、今のが!? 名前を命名しただけで簡単に契約を!? うわぁぁっ、こんな状況じゃなければ、リアンに詳しく訊ねるのに! 貴重な情報源が目の前にあるというのに、手を出せないなんてっ……!」
「大丈夫ですよ、ミレットさん。全てが終わり次第、リアンへの取材の場を作りましょう。彼ならば、快く受けてくれるはずです」
ミレットの肩をぽんっと叩きつつ、イトは穏やかに促す。
「……ですが、まさか五人目となる精霊と契約を交わすなんて……。精霊用のクッキー代が更に必要ですね……。彼が個人的に使える給与はまた減ることでしょう……」
そう言いながら、どこか遠い目をするイトに対して、ミレットははっと言葉を返す。
「それならば、取材料として一度につき、クッキー一ヵ月分はどうかしら」
「ふむ、手を打ちます」
ミレットとイトは、がしっとお互いの右手を握り合いつつ、頷き合った。
どうやら、リアンの知らない場所で勝手に契約が結ばれたらしい。




