精霊の身の上話
「あ、起きた。おはよう!」
リアンは指先でつんつんと突いていた精霊に向けて、笑顔で話しかける。どうやら、眠っていた精霊は無事に起きたらしい。
「朝だよ。そして、初めまして! 俺はリアン・モルゲン!」
初めて会った人に対して、気軽に挨拶をしているような光景に見えるが、その相手は紛れもなく精霊である。
何もない空間に向けてリアンは話しかけているが、彼の周りだけ柔らかな空気が流れているのが何となく感じられた気がした。
「うん、視えるよ。ねぇ、君って空間を操ることが出来る精霊だよね? 空間と空間を直接繋げることが出来るんでしょう? 凄いねぇ」
どうやら、目の前に居る精霊は自分達が目当てとしている精霊で間違いないらしい。視界の端のブレアからは安堵するような溜息が漏れ聞こえた。
「あ、そうだ。他の精霊に会いたくない? ほら、皆! 出ておいでー!」
そう言って、リアンは背中に背負っていた両手剣を抱えつつ、何もない空間に向けて差し出した。
「……まるで、森の動物達と仲良く戯れているみたいだわ」
ミレットが顔を少々引き攣らせながらそう言っていたが、全力で同意したいところだ。
「えへへっ、そうなんだ。皆、俺の友達なんだよ。……え? うん、そっかー……。確かに俺も自分以外の人間で、精霊が視える人と会ったことないかも。……うん、分かるよ。自分の存在はここに在るのに、誰にも視てもらえないって寂しいよね」
うんうん、とリアンは何度も頷きつつ、こちら側からでは視えない精霊に向けて同意しているようだ。
それから暫くの間、リアンは精霊の話を一方的に聞いているのか、まるで人間と会話しているように相槌を打っていた。
「なるほどなぁ……。だから、君はここに籠っていたんだね」
どこか寂しげな表情を浮かべつつ、リアンは精霊と対話している。
すると、リアンはこちらへと振り返り、クロイド達にも分かるように精霊の言葉を伝えてくれた。
「この空間を操る精霊は自分のことが視える人間を求めて、教団に居座っていたんだって。魔力を持っている人間は精霊を瞳に映すことが出来ると他の精霊に聞いたらしいよ」
「そうだったのか……」
「他の精霊と比べて、この子は人間と接するのが大好きな性格をしているみたいなんだ。数百年前にもこの精霊と契約していた人間が居たらしいけれど、その人は死んじゃったから一緒に遊んだり、喋ったりしてくれる人間の友達が欲しくて、魔力持ちが居るこの教団で『視える人』を探していたらしいんだけれど……」
リアンはしょんぼりとした様子で言葉を続ける。
「この子がいくら人間に話しかけても、視える人はいなかったんだって」
「……」
「精霊を感じる素質の人は居たらしいんだけれど、それでもやっぱり視えなくて。だから、教団内に空間と空間を繋げる場所をいくつか作って、自分を『認識』してもらおうとしていたんだって」
つまり、その際に作られた通路こそが、以前ヴィルが通ったことのある秘密の通路だったというのだろうか。
「空間同士を繋げる通路を作れば、それを不審に思う人が現れると思って、この精霊はたまに『扉』を作っていたらしいんだけれど……」
「けれど?」
「『扉』を視ることが出来るのは、精霊と接する資格を持っている者だけだったから、思っていたよりも見つけてもらうことの方が少なかったんだって。扉を見つけて、通路を通る人間が居ても、誰かの『魔法』だと『認識』されていたから、精霊の自分がここに居るってことを伝えることが出来なかったって言っているよ」
「……なるほど」
思っていたよりも、空間を操る精霊は人間と接することが好きらしい。だが、空間と空間を繋げることが出来る力を持っていれば、悪用したいと思われる人間も出るだろう。
きっと、そのあたりを見極めながら自分と契約してくれる人間を探していたに違いない。
再び、精霊の話を聞いたのか、リアンは「ふむ、ふむ」と言いながら、頷いていた。そして、通訳するようにクロイド達の方へと顔を向けてくる。
「それに空間を繋げると大量に魔力を消費しちゃうから、その後は暫く眠りについて、魔力を回復させるってことを繰り返していたみたいだよ」
「確かに転移魔法と同じ分類ならば、魔力の消費量は半端ないだろうな……」
ブレアは少しだけ難しいことを考えているような顔をしてから、更にリアンへと訊ねた。
「リアン。精霊が今まで眠っていたとのことだが、力はどれ程、回復しているのか訊ねてもらえないか?」
「分かりました」
リアンは精霊に向けて体調はどうか、力は回復したのか、と言った質問を続ける。そして、返答が返ってきたのか、リアンは再び顔を上げてからブレアへと答えた。
「体調は悪くはないけれど、力はまだ半分くらいしか戻って来ていないそうです」
「そうか……」
精霊は空間同士を繋げる際に、どれ程の力を必要としているのだろうか。基準が分からないため、精霊に力を補わせる方法なども訊ねておいた方がいいかもしれない。




