精霊との接触
地下牢の物置として使われている場所は、他の物置とそれほど変わったものが見受けられない程に普通の場所だった。
地下と言っても、普段から掃除が徹底されているのか埃っぽくはないし、湿度もそれほど高くはないようだ。
電灯を点けてから、クロイド達は更に奥へと進む。思っていたよりも物置は広かったため、五人全員が入ることが出来た。
恐らく、室内の広さとしては寮で与えられている個室程の広さだろう。
物置の中には備品として、地下牢に入っている者達に使用されている寝具や家具と言ったものが保管されているようだ。
それらは清潔に保たれているようで、かび臭い匂いなどは全くしなかった。
「ふむ。この辺りの備品の整理はちゃんと行われているようだな。……まぁ、それを指示しているのはアドルファスではないだろうが」
ブレアの言葉にミレットが頷き返す。
「ここ最近、ハワード課長の横暴さが目立って来ているようですからね。課長になってから一年も経ってはいませんが、そのうち鞍替えされるでしょう」
「そうなると、次の課長は……エリオスの可能性も高くなるな」
エリオスとはアイリスの父方の従兄弟であるエリオス・ヴィオストルのことだ。彼は魔的審査課に所属しており、外勤が多い役職に就いているため、教団に居る方が珍しい人である。
アイリスに教えてもらったのだが、エリオスは若いながらに有能であるため、魔的審査課では重宝されている人物だと聞いている。
しかし、真顔で人に冗談を言っては驚かせるという趣味を持っているため、それに関しては玉に瑕だろう。
だが、とても面倒見が良い人なので、アイリスだけでなくクロイド自身も彼を先輩として慕っていた。
「でも、あの人って現場仕事が大好きですから、課長の役職を頼まれても断わりそうですよねぇ」
「だな」
もはや、アドルファスが課長職から降ろされることを前提としてブレア達は話しているようだ。
アドルファスはブレアや彼女と親しい人物に対して、敵視する節があるが、その性格の悪さは他の人間に対しても同様のようだ。彼が課長職から降ろされるのも時間の問題だろう。
……それはそれで、また面倒なことになりそうだが。
課長職から降ろされたのは、ブレアやブレアに関わっている人間のせいだと言って喚くかもしれない。
クロイドはどちらにしても面倒なことになりそうだと、密かに溜息を吐くしかなかった。
「……んっ! 精霊の気配が近くなったよ。多分、こっちの通路に……」
リアンは何かに反応するように部屋の奥へと進んでいく。それはまるで導かれているようにも見えた。
「……躊躇いがないのはいいことなのか、悪いことなのか」
そんなリアンの後ろを追いかけながら、ぼそりとイトは呟いていたが、表情は少し青ざめたままだ。これから未知なる精霊と対峙するのだから、臆する気持ちは少しだけ分かる気がする。
クロイドも見た目は平静を装ってはいるが、内心は緊張していた。
「あ、いたよ」
まるで花畑の中から四葉のクローバーを見つけたような気軽さでリアンはそう呟いた。瞬間、リアン以外の人間の間に新しい緊張が走っていく。
「ど、どこにいるんだ?」
恐る恐ると言った様子でブレアが訊ねると、リアンは笑顔を浮かべて、両手で指し示す。
「ここだよ!」
彼が示した場所は木箱の上に放置されている白い布だった。恐らく、団員の誰かが片付けを忘れてしまったのだろう。
リアンが言うにはそこに確かに精霊が「居る」とのことだが、クロイド達の瞳に映すことは出来なかった。
「……やはり、視えないな」
「でも、何となく、普段と空気が違うような気もするけれど……」
「気配に慣れてくると、『ああ、ここに居るな』って感覚で分かるようになりますよ。視えませんけれど」
普段からリアンと行動を共にしているイトは、精霊の気配に慣れているようだ。それでも、初めて会う精霊を前にして、表情は強張ったままである。
「リアン、精霊はどんな姿をしているんだ?」
「うーん……。何かね、ふわっとしているよ。もこって感じ」
「……」
「クロイドさん、リアンに語彙力を求めてはいけません。彼、本を読むのは好きですが、表現力は無いんです」
確かにイトの言う通り、リアンの表現力では精霊がどのような姿をしているのか分かりづらかった。
だが、大事なのは表現力ではなく、精霊と会話する力だ。
「……リアン、交渉を始めてくれ」
ブレアの指示に従うようにリアンは真剣な表情でこくり、と頷き返し、そして──何もない空間に向かって、人差し指で突いた。
「おーい、起きてー。精霊さーん。朝だよー。ほらほら、お寝坊さーん」
「……」
リアンの気が抜けるような言葉によって、その場に居る全員が一気に脱力感に襲われる。
ミレットは精霊との接触を全て記録に取ろうとしていたようだが、気が抜けたことで記録する魔具をその場に落としてしまう。
ブレアへと視線を向けたが、彼女は何も考えてはいないと言った表情をしていた。
イトに至っては、表情が虚無となっていた。
「起きてー。ほらほら、つんつんしちゃうぞー」
「……」
まるで小動物に接しているような対応の仕方だが、精霊に対する接し方としてはどうだろうか。クロイドは思わず、頭を抱えそうになってしまっていた。




