精霊の見返り
教団にある地下牢は、回収された魔具が保管されている地下とは別の場所に存在している。
だが、牢屋という割には鬱々とした空気は漂っておらず、普通の部屋が地下に作られているような空間だった。
クロイド達は地下牢を管理している団員に入室許可証を見せてから、地下へと足を進めていく。
団員からは誰もいない地下牢に何をしに行くんだと言わんばかりの瞳を向けられたが、詮索はしてこなかった。恐らく、課長であるブレアの存在が大きいからだろう。
ブレアという存在が教団の中ではどのように扱われているのかクロイドも何となく分かってきたが、藪を突けば何かが出そうなので、黙っておくことにした。
「普通の通路に見えると思うが、この地下には逃走防止用の魔法がいくつか施されているんだ。まぁ、一般団員は知らないけれどな」
「そうなんですね。どうりで奇妙な心地がすると思いました」
先頭を歩くブレアの後ろを付いていきながら、クロイド達は周囲を見渡す。
自分達には何の変哲もない普通の廊下にしか見えないが、それでも体内に宿る魔力がほんの少し、周囲に反応しているような気がしていた。
地下通路に施されている魔法を完全に「認識」してしまえば、相反魔法で解除されてしまうため、詳しいことは団員達には知らされていないのだろう。
「……あ」
すると、それまで黙っていたリアンがぽつりと呟いた。まるで、何かに気付いたという表情を浮かべている。
「どうしましたか、リアン」
「えっと……。この通路の先から、初めて感じる気配がするんだ」
すっと、リアンは指を前方へと示す。
自分達が歩いている場所は地下牢が並んでいる場所の更に奥へと通じる道だ。この通路の突き当りに位置する物置に目的の精霊はいるらしい。
「精霊は相変わらず、物置から動かないままか?」
「そうみたいです。とりあえず、行ってみましょう」
しっかりとした顔付きのまま、リアンは地下の物置がある場所を目指して歩みを進めていく。クロイド達もその後を追うことにした。
魔法によって、気温や湿度が管理されているのか、地下牢がある場所は湿ってなどいなかった。むしろ、室温や湿度が管理されているため、快適とも呼べる場所だ。
ただ、太陽を見ることが出来ないので地下牢に入る人間にとっては、時間を把握しづらい上に窮屈だと思える空間かもしれない。
そして、目的地である物置へと到着したクロイド達は一度、足を止めてから顔を見合わせていく。
「リアン、準備はいいか?」
「な、何とか……。頑張って、精霊と交渉してみせます……」
リアンは強く意気込んではいるものの、初めて接する精霊を相手に緊張しているようだ。
「……えっと、『黄昏れの半月』に宿っている精霊達が言うには、空間を操る精霊は攻撃的な性格ではないと言っています。むしろ、攻撃を仕掛けたら嫌がって逃げるかもしれないので、手を出さないように、とのことです」
「分かった。お前と親しい精霊達にも協力してくれたことに感謝する、と伝えてくれ」
「はい。……あ、今度、美味しいクッキーが食べたいそうです」
リアンは何もない空間を見つめつつ、苦笑しながら答える。
どうやら、精霊達が協力したことに対する見返りを求めてきているようだ。
「精霊は食事も摂ることが出来るのね……」
リアンの言葉に、ミレットは手帳へとすぐさま情報を書き込んでいる。こうやって、彼女の情報源は構築されているのだろう。
しかし、精霊がクッキーを好むとは意外だ。魔力などを対価に求めているのかと思っていたが、要求された内容に、思わず口元が緩みそうになったため、改めて引き締めなおすことにした。
「ふむ、クッキーか。よし、分かった。精霊達が唸るような美味しいクッキーを後日、用意しよう。それまで待っていてくれ」
ブレアも胸を張りながら答えると、リアンはどこか喜びを含んだ笑顔で頷き返した。恐らく、彼の瞳には精霊達が喜んでいる姿が映っているに違いない。
「それじゃあ、入りますか!」
ごくりと唾を飲み込みつつ、リアンは物置の扉へと手をかける。
例えクロイドの瞳には見えないとしても、この扉の向こう側に空間を操る精霊が居るというならば、気合を入れなければならないだろう。
開かれようとしている扉を見つめつつ、クロイドは拳を握りしめなおしていた。




