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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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屈服の意思

 

「ふふふ……」


 ブレアは冷めた瞳を細めつつ、口から笑い声を零しているが全くと言っていい程、笑ってはいなかった。


「くっ、お……おい、離せ……! 私にこんなことをして……いいと思ってい──」


「──口を慎め」


 魔法の呪文ではないはずなのに、ブレアの一言によって、アドルファスは一瞬にして押し黙った。その場に漂っている圧は少しも弱ることなく、ブレアの身の内から発生しているように感じる。


「お前はただ、私達に地下牢への入室許可を出すだけでいいんだよ」


「そんな、こと……っ。お前らのような人間に、許可するはずがないだろうが! 誰もいない地下牢などに行って、どうするつもりだ! 意味のないことをしても──」


「意味があるかどうかは自分達で決める。それで、入室許可を出すのか出さないのか、どっちなんだ?」


「出すわけが……」


 ブレアは更にアドルファスの身体を空中へと持ち上げて、静かに言葉を発した。


「──()()()()


 瞬間、ブレアはアドルファスの身体を入り口近くの壁に向けて、押し付けたのである。いや、押し付けたというよりも、壁に接着させたようにも見える。


 そして、ブレアがゆっくりと手を離していけば、まるで昆虫の標本のように壁に張り付いたままのアドルファスがいた。


「なっ……何をするんだ……! こらっ、おい! 下せ!!」


「固定魔法の一種だよ。お前だって、呪文くらいは知っているだろう? 解除したいならば、自分で相殺してみろよ。()()使()()()?」


 そう言ってから、ブレアは太ももに下げていた刃物専用のホルダーから、数本のナイフを取り出した。投擲するための武器として、ブレアが装備しているものの一つだ。


 彼女はその一本を構えて、そして壁に張り付けられたままのアドルファスに向けて──躊躇いなく投げ放った。


 ──シュッ。


 風を切る音はかなり鋭く、空気が引き裂かれているようだった。


「ひぃっ……!」


 壁に張り付けられたアドルファスはまるで的のような状態だったが、彼の顔の左側すれすれにブレアが放ったナイフが突き刺さったのである。


「私はナイフ投げがとても得意なんだが……お前があまりにもいい加減なことを口走るならば、手もとが狂ってしまうかもしれないな」


「な、な、なに、を……! 団員同士の無意味な戦闘は禁止されているっ……! わ、私に傷をつけてみろ! お前は課長職から降り──」


「うるさい」


 シュッと二本目のナイフがブレアの手もとから放たれ、今度はアドルファスの首に触れそうな位置に突き刺さる。


「大体なぁ、お前を殺すことなんて簡単に出来るし、その後をもみ消すことなんて容易いんだよ。それをやらないのは面倒だからだ。お前を殺したくらいでは、日々溜まる鬱憤と憂いが一時的に晴れることしか利点がない。それならば、わざわざ手を汚すことの方が愚かだ」


 ブレアはわざとらしい溜息を吐きつつ、三本目のナイフを構え始める。


 だが、魔的審査課の団員達はこちらを凝視しているばかりで、彼らの課長を助けようとする者は一人もいなかった。

 ブレアの殺気に押されているのか、それとも課長であるアドルファスのことを良く思っていないからか、団員達は一人として動くことはない。


「……こういう時って、常日頃から人望があるかないかで状況が変わってくるわよね。まぁ、人望がないからこそ、ハワード課長を助ける団員はいないんだろうけれど」


 クロイドの後ろで震えているミレットは冷静に状況を判断しつつ、小さく呟く。その間にも、ブレアによって三本目のナイフは放たれていた。


「ひぐっ……」


 三本目のナイフはアドルファスの頭の上に突き刺さったようだ。正確過ぎる投擲技術に対して、拍手を送りたいくらいだ。


「時間がないんだよ。早く入室許可を出してくれ」


 もはや、脅しである。だが、ブレアを咎める者はアドルファス以外にはいない。


「お、お前なんぞに、誰が……」


 今度は風を切る音と共に、何かが切断される音が響いた。


 アドルファスの右肩の上には切り揃えられている茶色の髪があったが、ブレアの四本目のナイフによって、その髪の毛が少しだけ切られていたのである。


「っ……!?」


「アドルファス」


 地の底から吐き出されたようなそんな声が響く。ごくり、と唾を飲み込んだのはクロイドだけではないだろう。


「地下牢への入室許可について、以前と比べて厳しくはなっているが入室する際の条件など、深い決まり事なんてなかったはずだ。ただ、地下牢へと入室する者の名前を記録するだけだろう。しかも現在、地下牢には誰も留置されていない。ならば、留置されている者を逃がすような心配などしなくていいはずだし、『ただ確認しにいく』ことを咎めることは出来ないはずだ」


 そうだろう、と言ってブレアは先程まで受付を担当してくれていた団員へと視線を向ける。女性の団員はブレアの威圧を恐れているのか、かなり小刻みに震えているようだった。


「アドルファス。いい加減にしたら、どうなんだ? お前の馬鹿げた自尊心のせいで、一体どれだけの人間が犠牲になるのか分かっているのか? そんな下さない矜持を持っているならば、私が──お前ごと殺してやっても良いんだぞ」


 それは脅しなどではなく、屈服とも言うべき意思が含まれていた。


 絶対にやる。

 そんな気概がブレアからは漏れ出ており、言葉だけではなく本気で実行するつもりだとその場に居る者なら誰でも分かった。

 

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