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真紅の破壊者と黒の咎人  作者: 伊月ともや
愚者の旅立ち編
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下げられた頭

 

 先程よりも柔らかい空気のままで、五人は魔的審査課の部屋へと入った。地下牢への入室許可を得るためにここで一度、手続きを行わなければならないのだという。


「以前に比べて、管理が厳しく行われるようになったからね。……まあ、例の件は魔的審査課に責任があるから仕方ないと言えば、仕方ないだろうけれど」


 ミレットが言っている「例の件」とは数か月ほど前に起きた事案のことだ。


 かつて魔的審査課に所属していたセド・ウィリアムズが中心となって、アイリスの身を危険に晒したことがある。

 その際にセド・ウィリアムズの姪であるラザリー・アゲイルが魔的審査課の地下牢に、処遇が決まるまで入れられていたが、彼女は自身の力を使って逃げてしまったと聞いている。


 そのことを咎められた魔的審査課では、以前よりも増して、地下牢の入室管理を徹底しているとのことだ。


 入室許可が下りるまで時間がかかるだろうと思っていたが、クロイドが想像していた以上に面倒なことが壁となって立ち塞がっていた。


「──どういうことだ」


 魔的審査課の受付で入室許可の対応をしてもらっていたブレアから、低い声が漏れ出る。

 その声色に恐怖を抱いたのか、受付をしていた女性の団員が震えながら説明を返した。


「そ、その……。特に理由もないまま、地下牢への入室は許可出来なくて……」


「理由ならば今、告げただろう。地下牢で確認したいことがあるから、一時的な入室許可を求めている、と」


「ですが、そのような曖昧な用件で入室を許可することは出来ません。それに地下牢には現在、留置されている者はいませんので、何をしに……」


 受付の女性とブレアはかなり揉めているようだ。確かに確認したいことがあるという理由だけで入室の許可を得るのは難しいかもしれない。


 だが、ここで本当のことを言えば、周囲に期待だけでなく混乱も招いてしまうだろう。そのため、出来るだけ「秘密の通路」と「精霊」のことを知っている人数は限らなければならないのだ。


「うーん……。許可なく地下牢に入れば、私達の方が罰せられるからなぁ」


 ミレットも腕を組みつつ、どこか困ったように呟いている。


 その時だった。


「──これは、これは。何の騒ぎだ?」


 まるで全てを嘲笑するような声色が聞こえ、その場に糸が張られたような空気が漂い始める。


 それまで受付担当の団員と会話していたブレアは声がした方へと振り返りつつ、そして声の主の姿を確認してから、苦いものを食べたような表情を浮かべた。


「……アドルファス」


 いつの間にか、すぐそばまで来ていたのは魔的審査課の課長であるアドルファス・ハワードだった。

 クロイド達と親しいエリクトール・ハワードと、髪色と瞳の色は同じだというのに、何もかもが違う人物がそこには立っていた。


「珍しいじゃないか。お前が魔的審査課に足を向けるなんて」


 我が領地へようこそと言わんばかりの態度でアドルファスはそう言った。相手を見下して、嘲笑する態度は相変わらずのようだ。

 そんなアドルファスの様子に対して、リアンやイトも呆れたような視線を向けている。


「随分と切羽詰まっているような様子だが、何か問題でも起きたかね?」


「……地下牢への入室許可を求めている。入室する者は私を含めて五人。入室理由は地下牢で確認したいことがあるからだ」


「はっ、地下牢で確認したいことがあるだと? 今は誰も地下牢に入っていないというのに、何をしに行くというんだ」


「それは……ここで話せることじゃない」


 ブレアは顔を顰めながら、それだけを応える。外部へと通じるための方法が見つかるかもしれないと周囲に漏らせば、混乱が生じると分かっているからだ。

 それに加えて、アドルファスという人間が信用出来ないからこそ、曖昧に答えるしかないのだろう。


「ふんっ。そのような理由で入室許可が下りると思っているのか? ほら、帰った、帰った。ここはお前達みたいな暇な人間の相手をする程、時間に余裕があるわけじゃない。居ても邪魔なだけだ」


 まるで鼠を追い払うように、アドルファスは右手を前後に振りつつ、馬鹿にするような瞳をこちらへと向けてくる。


 握りしめられたブレアの拳には青筋がくっきりと浮かんでいたが、アドルファスからは見えていないようだ。


「……この件に関しては、イリシオス総帥も許可されている」


「っ……」


 ブレアからイリシオスの名前が出てくれば、アドルファスの表情が少しだけ強張ったように見えた。

 彼にとってもイリシオスは師であるため、色々と複雑な感情を抱いているのかもしれない。


「……お前はそうやって、いつもイリシオス総帥のご機嫌を上手くとっては自分のやりたいことを好き勝手にやっているようだな」


 しかし、アドルファスは憎いものを見るようにブレアを睨みつつ、静かに吐き捨てた。


「私はただ、何が最善かを模索しているだけだ。それにイリシオス総帥のご機嫌を取りたいのはお前の方じゃないのか、アドルファス。いつも貢ぎ物をイリシオス総帥へと贈っていると聞いているぞ?」


「なっ……!? どうして、それを……」


 アドルファスはみるみる顔を赤らめていく。

 それは羞恥によるものではなく、怒りによるものらしい。


 ブレアは感情を全て引っ込めた表情を浮かべつつ、淡々とした様子でアドルファスに対抗している。だが、彼女は言い返す言葉をそれ以上、紡ぐことはなかった。


 すっと戻った表情に宿るのは力強い瞳で、そして団員を率いる課長らしい頼もしさを備えた佇まいをしていた。


「今は時間がないんだ。だからこそ、どうしても地下牢で確認したいことがある。これは教団のためにも必要なことだ。どうか、頼む。一時的で構わないから地下牢への入室許可を出して欲しい」


 それまでは険悪な雰囲気が流れていたにも関わらず、ブレアは──アドルファスに向かって頭を下げたのである。


 それがどういう意味を示しているのか、クロイドだけでなくその場に居たものならば、誰しもが理解出来た。

 

 課長が同格の課長に向けて、頭を下げる。

 下手に出ることは、どちらが格上なのかを明確に示す行為でもある。


 ……ブレアさん。


 アドルファスのことを心底嫌っているブレアだが、緊急事態であるため、素直に頭を下げたのだろう。


 自分の自尊心を封じ込めて、他のものを優先した真摯な態度に誰もが引き攣ったような音を喉の奥から漏らしていた。

 

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