精霊の居場所
意外にも、風の精霊から連絡が届くのは早かったようで、リアンはぱっと顔を上げてから、精霊と会話を始める。
「どうだったかな? ……本当? ああ、昔の知り合いなんだね。会話は出来そうだった? うん、うん。……ああ、あの場所だね。分かった。それじゃあ、行ってみるよ。うん、手伝ってくれてありがとう、アリア。あっ、もちろん、あとでちゃんとお礼はするよ?」
そう言って、リアンは何もない空間に向けて手を伸ばし、子どもの頭を撫でるような仕草をした。
こちらから見れば、リアンが空気に触れているようにしか見えないが、精霊を瞳に映すことが出来る彼には、風の精霊の姿がはっきりと見えているのだろう。
風の精霊との会話を終えたリアンはクロイド達の方へと振り返った。
「アリアが──風の精霊が例の精霊を見つけたそうです」
「そうか。風の精霊にはお礼を言っておいてくれ。……それで、どの場所に例の精霊はいるんだ?」
「魔的審査課が担当している地下牢がありますよね。あの場所に物置があるらしいんですが、その奥で例の精霊は眠っていたそうです」
「魔的審査課の地下牢……」
ブレアが少しだけ難しい表情を浮かべつつ、小さく唸った。クロイドも魔的審査課が所有している地下牢の存在は知っているが、実際に赴いたことはなかった。
この地下牢は違法な魔法を使用した者や魔法で一般市民に迷惑をかけた者などが、留置される場所となっている。
そのため、人の命を脅かすような存在がいるわけではないが、簡単に入れる場所ではなかった。
地下牢に行くためには魔的審査課で一度、身体検査を受けて、受付となっている場所で手続きをしなければ入れないようになっている。
それは地下牢に入れられている者を外へと逃がす可能性があるため、そのようなことが出来ないようにと徹底して入室が制限され、管理されていた。
「中々、面倒なところに居座っているな……」
「風の精霊も移動を促したようですが、例の精霊は人の気配が少ない場所を好んでいるようで、動きたがらなかったと言っていました。気難しい精霊なのかもしれませんね」
「ううむ……。まあ、仕方がないだろう。とりあえず、精霊に会いに行ってみるか。話はそれからだ」
リアンがどこか申し訳なさそうに言ったため、ブレアは気遣うように軽く笑い返す。若干の不安はあるものの、やはり直接、精霊に会って話をするべきだろう。
「それじゃあ、地下牢へと向かうか」
「リアン、頼りにしているぞ」
クロイドが声をかけるとリアンは肩を竦めつつ、頷き返した。
「うん、俺も教団のために精霊を視る力が役立てるというならば、頑張るよ」
本当はその責任に対して、緊張を抱いているのかもしれないが、リアンは柔らかな笑みを返してきた。
情報課を出て、五人で魔的審査課へと向かっていると、イトは思い出したようにクロイドへと訊ねてきた。
「あの、そういえばアイリスさんは……?」
「……っ」
アイリスとクロイドは相棒であるため、常に行動を共にしている。そのため、現状でクロイドが単身で動いていることをイトから見れば不審に思ったのだろう。
「アイリスは……」
クロイドはその先に続けなければならない言葉を言い淀んでしまう。
アイリスは、動かない。眠ったように目を閉じたまま、動かない。
そう言わなければならないのに、声が出なかった。喉の奥に魚の骨が詰まったように、苦しい痛みが襲ってくる。
まだ、失ってはいないのに、目の前に最愛の人の死が迫ってきている恐怖を再認識しては、身体が震えてしまいそうになっていた。
「……クロイドさん?」
イトが奇妙なものを見るような瞳をクロイドへと向けてくる。
「アイリス、は……」
「──悪魔の魔法によって、魂が引き剥がされた状態となっている」
クロイドが続けられなかった言葉を紡いだのはブレアだった。
彼女は視線を真っ直ぐと前方に向けたまま、言葉を続けた。
「悪魔『混沌を望む者』による魔法で、多数の団員達が医務室へと運ばれたことは知っているか」
「……ええ。確か、塔の中へと侵入していた悪魔と交戦した団員が多くいたと聞いていますが。……まさか」
イトはブレアの言葉から全てを知り得たような表情を浮かべる。
「アイリスさんが……」
口元を手で押さえつつ、イトは強張った表情のまま、小さく呟く。リアンもアイリスの身に何が起きたのか理解したようで、目を大きく見開いていた。
一番後ろを歩いているミレットは顔をくしゃりと歪めつつも、泣かないようにと堪えているのか、両手で拳を作っては握りしめていた。
「……そう、ですか……」
普段から冷静な表情を崩さないイトでさえ、激しく動揺しているようだった。その場に重い空気が流れ始めた時、切り裂くようなはっきりとした声が響いた。
「それならば、なおさら精霊にお願いして、外に通じる通路を作ってもらわないといけないね」
はっと顔を向ければ、凛とした表情をしているリアンがいた。いつものように明るく朗らかなものではなく、一端の団員としての表情を浮かべる彼は誰よりも力強い瞳のまま、言葉を続ける。
「俺、たくさん精霊にお願いしてみるよ。精霊は気まぐれだけれど、誠心誠意を持って接すればきっと、応えてくれると思う。……ううん、説得させてみる。だから、今は落ち込んでいる場合なんかじゃないよね」
その言葉はリアン自身を納得させるような呟きにも聞こえた。彼も心の中では不安に思っている部分もあるのだろう。
それでも教団の中で精霊を視ることが出来るのはリアン唯一人だ。それゆえに圧し掛かってくる責任は想像以上だろう。
だが、リアンはそんな不安さえも感じさせない程に凛とした表情ではっきりと告げた。
空間を操る精霊を味方に付けてみせる、と。
「……リアン。あなたが珍しく、頼もしく見えましたよ」
「なっ。イトにとって、俺ってばそんなに頼りない!?」
「普段から、表情を緩めていなければ、それなりに頼もしく見えるかと」
「表情の問題なの!?」
いつものやりとりを始めるイトとリアンによって、その場の空気は次第に解れていく。
……こういうことが素で出来てしまうから、リアンは本当に凄いな。
クロイドはリアンのように上手く、空気を動かすことは出来ない。純真過ぎるリアンによって、救われている部分はいくつもあるだろう。
そんなことを思いつつ、クロイドは心の中でリアンに感謝した。




