秘密の頼み
ミレットがリアンを呼び出した数分後に、彼は情報課へとやってきた。リアンの後ろからは彼の相棒であるイトも一緒で、付き添ってきたらしい。
イトは何だかんだで、リアンに対する面倒見が良いのだろう。それを直接、本人に伝えれば、嫌な顔をされそうなので言わないが。
「リアン、イト」
クロイドは右手を上げつつ、リアンとイトの名前を呼んでから、存在を知らせる。
二人はクロイドがその場にいるのを見つけると、すぐに安堵の表情を浮かべていた。
リアンが個人的に情報課から呼び出しを受けたため、何か彼が悪いことをしてしまったと思っていたに違いない。
少しだけ強張っていたが、知り合いの顔を見つけたリアンはいつもの柔らかい表情へと戻った。
「急に呼び出しを受けたから、驚いたよ。ええっと、情報課のミレット・ケミロンさんだっけ?」
「ミレットで構わないわ」
「うん、分かった。……それで俺に用事って何かな」
恐らく、それまでは朝食を食べていたのか、彼の口元にはパンくずが付着していた。しかし、全く気づいていないようで、何事もなくリアンは用事の内容を訊ねてくる。
ミレットは周囲に聞き耳を立てている者がいないことを確認してから、クロイド達を囲むように盗聴防止用の結界を張った。
今から話すことを他の団員に聞かれた場合、余計な混乱を招かないようにするためだろう。でなければ、多くの団員達に淡い期待を抱かせてしまうことになるに違いない。
「リアン・モルゲン。あなたは精霊を瞳に映すことが出来ると聞いているけれど、会話をすることも出来るのよね?」
確認するようにミレットが訊ねるとリアンは何でもなさそうに首を縦に振った。
「うん、そうだよ」
「リアン。実はお前に頼みたいことがあるんだ」
ブレアが真剣な表情で声をかけると、どうやら真面目なことを話すつもりだと察したようで、リアンの顔はすぐに引き締まったものへと変わった。
「この教団には、どこかに『秘密の通路』と呼ばれている通路が存在している。その通路を使えば、外部と行き来が出来ると言われている通路だ。……現段階では、我々は教団を覆っている結界の外へと出ることは出来ないようになっている。そのため、この秘密の通路を見つけなければならないんだ」
「秘密の通路……」
秘密の通路に関する話を聞いたことはないのか、イトが首を傾げつつ、訝しげな表情を浮かべていた。
「実はこの通路らしきものに一度、入ったことがある人物が知り合いにいたんだが、その者曰く──この通路からは精霊の気配がしたと言っていたんだ」
「はぁ……」
リアンは自分が何故、この場へと呼び出されたのか、まだ理解出来ていないようで首を傾げている。
「そこで、リアン。教団内で唯一、精霊の姿を瞳に映すことが出来るお前の力を借りたいと思っている」
「えっ!? 俺っ?」
ここでやっとリアンは自分が呼ばれた理由が分かったらしく、かなり驚いた表情で瞬きをしていた。
「お前の瞳を使って、教団内に存在している秘密の通路を探してもらえないだろうか。精霊の気配を辿るだけでいい。どうにかして、教団の外部へと通じる方法を得なければならないんだ」
「……」
真剣な表情で頭を下げてくるブレアを見て、リアンは更に目を丸くしていた。
「ちょ、あの……。わ、分かりましたっ……! 俺に出来ることがあるというならば、頑張ってみますからっ。だから、頭を上げて下さい……!」
慌てながらも、リアンはすぐにブレアからの頼みを承諾する。まさか、課長直々に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。
「つまり、外部に通じることが出来る秘密の通路を教団の結界を破壊する時刻よりも早く見つけなければならないってことですよね?」
イトは冷静にブレアへと訊ねる。ブレアは顔を上げてから、こくりと頷き返した。
「出来るならば、全団員の魔力を激しく消耗させるようなことはしたくはないからな」
「なるほど。……と、言うことですよ、リアン」
「えっ、う、うん……。出来るだけ、早く見つけられるようにはするけれど……。でも、精霊って結構気まぐれだからなぁ」
普段から精霊の力を借りているリアンは少しだけ困ったような顔をしながら、背中に背負っている両手剣に右手で触れる。
精霊剣と呼ばれているこの剣に宿っている精霊達の力をリアンは自由に使えるそうだが、それは彼が精霊達に選ばれている故だろう。
他の人間がこの剣を扱っても、精霊の力は使えないに違いない。
「無理にとは言わない。時間までに間に合わなければ、仕方がないだけだ。だからこそ、他の誰かに知られないように極秘で頼みたいんだ。もちろん、魔物討伐課の課長には連絡はしておこう。暫くの間、リアン達を借りる、と」
「が、頑張ります……」
責任重大だと感じているようで、リアンは顔を引き攣らせていた。緊張している表情を浮かべているリアンを見るのは中々珍しいが、あまり気負わないで臨んでもらいたい。




